「米国銃事情管見」予告と補遺

ご縁があって信州大学経法学部の紀要である信州大学経法論集の創刊号(2017年、近刊)に「米国銃事情管見」と題した小稿を掲載して頂きました。

 

私は、2016年4月より、米国において在外研究中です。本稿は、米国で生活する中で接した銃犯罪に関する報道を機縁とし、同国における銃犯罪や銃規制――とりわけ前者――について包括的に素描しようと試みたものです。

 

全米第3の都市であるシカゴ(イリノイ州)において銃犯罪の被害者が急増していることは本稿でも取り上げました。2016年8月15日時点で、2016年の銃犯罪による死傷者数が2600人を超えたと報じられていたのです(2015年は2988人)。

www.chicagotribune.com

 

本稿では、このペースでは1年に約4173.7人が被害に遭うことになると記しました。実際にはどうだったでしょうか。年が明けた1月1日、CNNが以下のように報じました。

www.cnn.com

 

これによれば、2016年にはシカゴ市で4331人が被害に遭っており、過去19年で最悪の事態です。前記の予想を上回る被害者が生じたこととなります。

 

日本における銃器発砲事件*1数やこれによる死傷者数は――幸いなことに――世界的に見て極めて少ないのです。このため、本稿が日本における銃犯罪を巡る議論に資するところは少ないでしょう(これもまた幸いなことに、というべきでしょう)。

 

他方、本稿が不十分ながらも米国の銃犯罪の現状を素描し得たとすれば、米国における様々な議論の背景にあるもの――いわば議論の土壌――の理解の一助になるかもしれません。米国に生活する者としての単なる興味関心から調査したものではありますが、少しでも意味があれば幸いに思います。

 

【2017年1月4日(PST)追記】 銃規制の厳格さ・あり方と銃犯罪の関係については、ファリード・ザカリアがホストを務める番組(CNN、Fareed Zakaria GPS)における特集が参考になります。これについてご関心の向きは以下をご覧下さい。

gk1024sa.hatenablog.com

*1:銃砲を使用して金属性弾丸を発射することにより、人の死傷、物の損壊等の被害が発生したものおよびそのおそれがあったもの。過失および自殺を除く。

覚書:「共謀罪、要件変え新設案 『テロ等準備罪』で提案検討」

朝日新聞デジタルが2016年8月26日(JST)に「共謀罪、要件変え新設案 『テロ等準備罪』で提案検討」との記事を掲載しました。

digital.asahi.com

 

共謀罪の動きに関しては産経新聞が本年3月に記事を掲載したことがあり、これについて、覚書として以下のエントリを書いたことがあります。

gk1024.hatenablog.com

 

上記のエントリでは、以下の2点を指摘しました。

 

(1) overt actという概念では、アメリカ法の経験によれば、処罰範囲を限定することはできない。このため、(産経の記事における)「準備行為」は条文の書き方に工夫が必要である。

(2) 組織犯罪処罰法上の諸概念には解釈の積み重ねがあり、またその解釈には理由がある。このため、共謀罪(あるいはそれにかわる犯罪類型)を同法に新設することは、従来の解釈に引きずられた混乱を生ぜしめ得る。

 

今般の朝日新聞報道がいう「政府案」に直接触れたわけではありませんので、あくまでも同紙の報道によれば、ですが、新たな政府案では、これらの点につき、以下のような手当てがされているようです。

 

(1) 「組織的犯罪集団に係る実行準備行為を伴う犯罪遂行の計画罪」(テロ等組織犯罪準備罪)の成立に、「犯罪の実行のための資金または物品の取得その他の準備行為」を要求する。

(2) 従来の法案における「団体」にかえ、「組織的犯罪集団」(「目的が4年以上の懲役・禁錮の罪を実行することにある団体」)という文言を用いる。

 

これらの手当てにより、議論の局面は一段階前進しそうです。

 

すなわち、

 

(1) 同政府案がいう「準備行為」が十分かつ明確に処罰範囲を限定し得るか、とりわけ、「その他の準備行為」という書きぶりの是非が問題となる。「その他の」という書きぶりから、当然、「犯罪の実行のための資金または物品の取得」は例示に過ぎないこととなるが、このような書き方でよいか。

(2) 「目的が」という主観的な書きぶりで十分かつ明確に処罰範囲を限定し得るか。また、その認定は実際にはどのように行うことを想定しているのか。

 

ということが問題となるでしょう。 

 

なお、(1)については、「その他の」が無限定だからダメ、という議論では、少なくとも専門家による批判としては不十分でしょう。刑法典にも「その他の」という文言が多く使われていること、それらが無限定であるか否かの評価を踏まえた議論が必要になるでしょう。

 

 過去の法案では、犯罪を行うことで合意する「共謀」だけで罪に問われていた。今回は共謀という言葉を使わずに「2人以上で計画」と置き換えたうえで、計画した誰かが、「犯罪の実行のための資金または物品の取得その他の準備行為」を行うことを構成要件に加えた。武器調達のためにパンフレットを集めるなどの行為を想定している。

 

さらに、「共謀」にかえて「2人以上で計画」とした点も興味を惹かれるところです。アメリカ法においては、しばしば、共謀罪(criminal conspiracy)とは、「2名以上の者による、不法な行為、若しくは、不法な手段による合法な行為を為すための結合」と定義されますが、この書きぶりを思い出すのは、あるいはアメリカ法の議論に引きずられすぎかもしれません。むしろ、「共謀」という、論争誘発的かつ多義的(共謀共同正犯との関係では共謀は従来多義的に用いられてきました)な概念を捨て*1、「計画」というより客観的・外形的な動きを要求する文言を採用したと理解するべきかもしれません。

 

ざっと思いついたことを書き連ねたのみですし、専門家としては論文の形で検討すべきことがらですが、まずは覚書として。

*1:とはいえ、「共謀」という文言は、国家公務員法等の法令で従来から用いられてきたものではありますが。

『憲法学のゆくえ』に寄せて

宍戸常寿=曽我部真裕=山本龍彦『憲法学のゆくえ――諸法との対話で切り拓く新たな地平』がアマゾンに掲載されました。

憲法学のゆくえ 諸法との対話で切り拓く新たな地平

憲法学のゆくえ 諸法との対話で切り拓く新たな地平

 

 

このお三方はいずれも私と同世代といってよく*1、宍戸先生とは元同僚*2、山本先生とは現同僚です。また、このお二人を通じて知己を得た曽我部先生にも日頃からお世話になっています。

 

同書は、法律時報誌上で行われた同名の企画の書籍化で、私は初回のゲストとしてお招き頂きました。その他の回も含む全体像については、曽我部先生のブログをご覧下さい。

masahirosogabe.hatenablog.com

 

あるとき、宍戸・山本両先生と法律時報の上村編集長から、「情報交換をするから一席設けたい。曽我部先生もいらっしゃる」とお声がかかりました。経験上「こういうのは行くと仕事が増えるんだよな」とも思いましたが、曽我部先生には一度お目にかかりたいと思っていましたし、親しい両先生からのお声がけを断る/逃げるわけにもいかないので*3、飛んで火に入ってみました。席に案内されると既に皆さんがお揃いで、机上には企画書がありました。「暑気払い」等の名目で招かれしばらくしてお仕事を頂くことはこれまでもありましたが、「一席→ご依頼」のスピードがこのときを上回ることは理論上ないでしょう*4

 

ともあれ、企画書の内容は実に興味深く、有意義なものでした。唯一の問題は、このような難しい企画に自分が参加しなければならないこと、しかも初回であってどのような準備をしたらよいのか想像もつかないこと、でした。企画についてどう思うか問われ、「非常に有意義だと思うが自分が出るのは辛い」「誰か他の人が出ているところは是非見てみたい」旨を答えたように記憶しています。

 

私の基調報告はやや総花的になってしまい*5、反省すべきところも少なくないのですが、露払いの役割を少しでも果たせていれば幸いです。若い優秀な研究者に言及して頂いたことも感謝に堪えません。

 

基調報告では、刑事法学上、憲法学の知見が用いられる場面をいくつか取り上げ、議論の現状を素描しました*6。その「場面」とは、たとえば、名誉毀損罪と真実性の誤信、(立川事件のような)ビラ配布と建造物等侵入罪の成否、プライバシーと捜査法(GPSを用いた捜査とプライバシー)等です。また、わずかしか言及できませんでしたが、刑事立法と憲法(学)との関係も、この「場面」に関する重要なテーマのひとつでしょう*7。このような作業を通じ、刑事法学者として憲法学に求めること――たとえば、名誉毀損罪と真実性の誤信の問題に関して、保護されるべき表現の自由の範囲をクリアカットにすること(結果として虚偽であった、しかし相当な根拠に基づいている表現の、憲法学上の位置付け、等)が少しでも浮き彫りにできていれば、私の試みは一定の意味を持ったといえるでしょう(その評価は、読者に委ねられますが)。もし、ボールが憲法学の側へ届いているとすれば、返球を待ちたいところです。

 

最後にごく個人的なことを。前任校で研究者としての青春期*8をともに過ごした先生方――宍戸先生のほか、(同じ回にご一緒したわけではないですが)森肇志・伊藤正次両先生――と同じ企画/書籍で仕事をできたことは、本当に幸せなことです。専門を異にしますが、きら星のような先生方と近しくお付き合いし多くの刺激を受け、非才な私も少しは「まし」になったのではないかと思っています。また、われわれは着任後すぐに大学改革と司法改革の影響を受け、同業者による反応も含む様々なことに翻弄されました。それだけに、思い出も思い入れもある仲間とこうして一緒に仕事ができたことを嬉しく思っています。

 

9月20日発売予定とのことです。どうぞよしなに。

 

【2016年9月5日・追記】

日本評論社のサイトに目次が掲載されました。

www.nippyo.co.jp

*1:正確には私の方が少し年上なので、同世代と言ってしまうのは図々しいのかもしれません。

*2:2000年10月に、東京都立大学法学部に同日に助教授として着任しました。もうずいぶん前のことになりました。

*3:こういう仕事のやり方については、留学中の現在、いろいろと考えるところもありますが、それはまた別の話。

*4:「ご依頼」の際には「一席」をと申し上げている訳ではありません。為念。

*5:私より後に登場されたゲストの方々は、いずれももっと上手く対応されていました。

*6:また、お三方がこれまで書かれたものの中で刑事法の領域に関するものを渉猟し、取り上げることを基本方針としました。

*7:立法学の課題が「よりよい立法」をいかにして行うかにあるとすれば、憲法学はいわば外埒であって、憲法学の知見のみで問題が解決されるものでないのではありますが。

*8:30代はきっとそうなんでしょう。