覚書と補遺: 「共謀罪あるいは『テロ等組織犯罪準備罪』について」

拙稿「共謀罪あるいは『テロ等組織犯罪準備罪』について」が慶應法学37号151-171頁に掲載されました。現在のところ、紙媒体でのみ刊行されていますが、遠からず機関リポジトリにも収録される予定です。【追記:以下に収録されました。】

koara.lib.keio.ac.jp

 

内容は論文本体をご覧頂くこととして、このエントリでは、その後の報道を踏まえて、1点、アップデートをしておきたいと思います。

 

朝日新聞デジタル2017年3月1日は、以下のような記事を掲載しました。

digital.asahi.com

 

既に、この間、テロ等準備罪の対象となる犯罪類型が旧法案よりも絞り込まれることは繰り返し報道されてきましたが、前掲・記事は、その犯罪類型を網羅的・具体的に掲げたものです。

 

拙稿では、「共謀罪等創設の意味と論点」と題した章で、旧法案によって共謀罪の対象となっていた犯罪類型*1について、未遂処罰・予備処罰等の有無を表にしました(165頁以下)。

 

この表を、前掲・記事に従ってアップデートしたものが、こちらです(PDF)。

 

拙稿中のもの、アップデートしたもの、いずれの表によっても、未遂処罰・予備処罰等を欠くにもかかわらず共謀/計画段階を処罰することとなる犯罪類型が多く存在することがお分かり頂けるかと思います。

 

拙稿では、この「不均衡」が直ちに問題だというわけではないが、この「不均衡」を超克する論理の有無が問われなければならないこと、そのためには主体の適切な限定が重要であること等を指摘しました。拙稿における指摘は、前掲・記事中にある新たな案にも妥当するものと考えています。

 

詳しくは拙稿をご参照頂ければ幸いです。

*1:「死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪」および「長期4年以上10年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪」。

覚書:刑事立法学について(その1)

「その0」に記したように、以下の一連のエントリは、刑事立法学につき現時点で考えていることを、メモ書き程度に書き連ねてみようとするものです。

gk1024.hatenablog.com

 

このエントリでは、「よりよき刑事立法はいかにして可能か」を明らかにするためには、刑事立法のよしあしをどうやって判定するのか示されなければならないという発想から、いくつかの項目を取り上げることとします。

 

取り上げる項目は、たとえば以下のようなものになるでしょう*1

 

・憲法

・立法事実

・刑事法領域での基本原則

 

以下、これらをよしあしを判定するための「ものさし」と呼ぶこととします。

 

まず、第一のものさしとして、憲法を挙げることできるでしょう。言うまでもないことですが、憲法違反の立法は許されませんので、ある立法のよしあしを判定しようとするとき、当該立法が憲法上許容されるか否かが問題となるのは当然です*2

 

もっとも、ある立法が憲法に違反するか否かのみを問題とするのでは、刑事立法学としては不十分な場合がありそうです。憲法をいちばん外側にある埒と考えるならば、憲法は「絶対にダメ」な立法か否かを判定する道具であって、憲法適合性の判断は「よりよい」か否かを判定する作業とはいくぶん趣を異にすると思われるからです。憲法適合的である複数の法案にも、それらの法案の中でのよしあしがあるはずです。

 

第二に挙げることができるのは、立法事実(の有無)です。近時、さまざまな刑事立法に対する議論において、立法事実の有無が語られるのは、「立法事実の有無によってある立法のよしあしが判定されると多くの人が考えている」ことの現れです。

 

もっとも、立法事実の要否(あるいはどのような内容の立法事実がどの程度要求されるのか)は一考の余地があるのかもしれません。

 

処罰されるべき行為が日本で多発しているが現行法では対応できない場合、当該行為を犯罪化する必要がある、という議論は当該立法の必要性を基礎付けるという意味では説得力を有することとなるでしょう。

 

では、当該行為が日本では生じていない、という場合はどうでしょうか。近時の立法を巡る議論では、「立法事実を欠くため、当該立法は不要である/不適切である」等の主張も見られます。たしかに、多くの刑事立法は権利侵害を必然的に伴うものですから、必要でもないのに「副作用のある薬」を用いる必要はない、という議論には首肯できます。

 

もっとも、この主張の射程はいかなるものでしょうか。刑法典においてもこれまで一度も適用されたことがない犯罪類型が存しますが、立法事実の欠如が事後的に明らかになったとして、これらの犯罪類型を廃止すべきでしょうか。立法事実の有無がものさしとして用いられるべきか、用いられるとしてもこれにいかなる重みを与えられるべきかは、議論の余地がありそうです。

 

第三のものさしとして、責任主義や罪刑の均衡、罪刑法定主義、行為主義等々といった刑事法諸領域での諸原則を挙げることができます。これらの多くは明文の根拠規定を有するわけではありませんが、これまでの議論の蓄積に照らして、その重要性が認められてきたものですから、ものさしとなり得るのは当然です。

 

もっとも、これらのものさしにも弱点は存するでしょう。それは、(個々の原則ごとに濃淡はあるが)はたしてものさしとして使用できるほど議論が精緻化されているかという問題です。この精緻化に未だ成功していない概念が存するとすれば、当該概念は、ものさしとしての使用には耐えない、ということになるでしょう。

 

このエントリでは、さしあたり、3つのものさしをとりあげて、コメントを付してみました。いずれ追加する(かもしれない)後のエントリでは、この3つのものさしについてもう少し敷衍してみたいと思います。

*1:後に追加するかもしれません。

*2:憲法適合性が常に争点として顕在化するとは限らないことは、また別の話です。

覚書:刑事立法学について(その0)

以前、ご縁があって、立法学に関する研究会で報告をする機会が2度ありました。いずれも、前任校で同僚であった(そして今でも呑み友達である)谷口功一先生にお声がけ頂いて飛んで火に参上したものです。

 

立法学は、私の理解では、「よりよき立法はいかにして可能か」を問う学問領域(あるいは、このような学問領域を創出しようという学問的な運動)であり、「刑事立法の時代」の刑事法学者として、なんらかの寄与をせねばならないと思ったことをよく覚えています。

 

とはいえ、当時(あるいは、今でも)、私自身はお声がかかるまで特に「立法学」というものについて深く考えたこともなく*1、その背景にある哲学・政治学等に関する素養も欠くため、戸惑いつつ、前段で述べた理由から、あるいは、呑み友達に誘われて断れるか(いや、断れない)という理由から、「手持ちの材料」を変形させて、なんとか、「刑事法領域での立法動向の現状」とでもいうべき報告をしました。

 

初回(2007年)の報告は、「刑事立法二題」と題し、共謀罪*2と自動車運転過失致死傷罪*3を取り上げ、それぞれの立法動向を紹介した上で、刑事立法の動因に関する話題提供をしました。また、2回目の報告(2010年)は「刑法学及び刑事訴訟法学を取り巻くもの」*4と題し、戦後の刑事法改正の動きを概観しながら、刑事立法の動因に関する話題提供をしました。

 

拙著『刑事立法と刑事法学』(2010年、弘文堂)は、これらの経験と問題意識を反映させようと試みたものです。 

刑事立法と刑事法学

刑事立法と刑事法学

 

 

立法学とのお付き合いはこの後も続き、井上達夫先生を中心とした企画の末席に加えて頂いて、同企画の成果物である『立法学のフロンティア』第3巻『立法実践の変革』 (2014年、ナカニシヤ出版)に「裁判員制度の立法学的意義」(同書147頁以下)と題する小稿を寄せる機会を得ました。

立法学のフロンティア〈3〉立法実践の変革

立法学のフロンティア〈3〉立法実践の変革

 

 

もっとも、ご批判も頂戴しましたし、自覚もするところですが、一連の前掲業績において、「刑事立法の現状」を素描すること、あるいは、「その現状が刑事法学者によってどのように受け止められているか」を要約することは一定程度できていたとしても、一般化可能な議論(あるいは、刑事立法学総論とでも呼ぶべき議論)は展開できませんでした。また、正直に言えば、原稿を書きながら、「それで結局、立法学ってなんなんだろう」と途方に暮れていました。

 

その後、気鋭の若手による意欲的な作品に触れたこと(後掲)、在外研究中で来し方を振り返る時間的・精神的な余裕があること、(関連する原稿を書いたことがある)共謀罪/テロ等準備罪を巡って議論が活発化していること、 集団的自衛権を巡る昨今の議論に触れたこと、等々の理由から、刑事立法学総論の必要性を改めて感じるに至っています。

その行為、本当に処罰しますか―憲法的刑事立法論序説

その行為、本当に処罰しますか―憲法的刑事立法論序説

 

 

まとまったものを論文で世に問うのが本来ですが、かつて途方に暮れた経験から手に余るのではないかと恐れるため、以下、まずはメモ書き程度に現在考えていることを書いてみようと思い、手始めにそのことを宣言してみる、というのがこのエントリです。

 

さて、以下、続くかフェイド・アウトするかは、神のみぞ知る……。

*1:「刑事立法の時代だなあ」とか「論争喚起的な立法が続くなあ」といったレベルの問題意識はありましたが、同時に、そのくらいでしかありませんでした。

*2:拙稿「共謀罪と刑事手続」都法48巻1号(2007年)119頁等がベースとなっています。

*3:「刑事立法の時代と自動車運転過失致死傷罪」刑事法ジャーナル8号(2007年)18頁以下等がベースとなっています。

*4:「刑法学と刑事訴訟法学の交錯、あるいは、刑法学及び刑事訴訟法学を取り巻くもの」法律時報1009号(2009年)86頁以下がベースとなっています。