テロ等準備罪成立要件の個別的検討

I はじめに

 このエントリは、テロ等準備罪の成立要件について、組織犯罪処罰法に関する従来の解釈も踏まえつつ、(なるべく逐条解説的に)個別に検討することを目指す。

 この作業の狙いは、本罪のあり得る解釈を示すことにより、立法段階でなお議論すべき点を示そうとする点にある(遅ればせながら)。

 なお、在外研究中のため資料の入手に限界があり思わぬ間違いがありうること、法案審議の残り時間との関係で十分に検討し尽くせていない点があることは、ご海容頂きたい。

 また、同罪の「中止未遂」および予備・未遂・既遂の関係についても議論を尽くすべきと考えるが、これらの点については以下を参照されたい。

gk1024.hatenablog.com

 

II 法案の文言

  法案におけるテロ等準備罪関連部分は以下の通りである(同罪の没収等の特例にかかる組織犯罪処罰法2条改正関連部分を除く。また、別表は省略)。

 (テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)

6条の2 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第3に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ。)の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を2人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。

  一 別表第4に掲げる罪のうち、死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められているもの 5年以下の懲役又は禁錮

  二 別表第4に掲げる罪のうち、長期4年以上10年以下の懲役又は禁錮の刑が定められているもの 2年以下の懲役又は禁錮

 2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団に不正権益を得させ、又はテロリズム集団その他の組織的犯罪集団の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で行われるものの遂行を2人以上で計画した者も、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、同項と同様とする。

 3 別表第4に掲げる罪のうち告訴がなければ公訴を提起することができないものに係る前2項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

 4 第1項及び第2項の罪に係る事件についての刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第198条第1項の規定による取調べその他の捜査を行うに当たっては、その適正の確保に十分に配慮しなければならない。 

 

III 個別的検討

 

一 「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」

1 「団体」要件・「組織的犯罪集団」要件

 「組織犯罪集団」とは、法案では「団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第3に掲げる罪を実行することにあるものをいう」とされ、また、6条の2第1項柱書は、同条各号の行為が「団体の活動として」行われることを要求する。

 同法2条1項は組織犯罪処罰法にいう「団体」とは、「共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織(指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体をいう。以下同じ。)により反復して行われるものをいう」と規定する。

 このため、同法2条1項の「団体」性を欠く人の結合体、および、同法6条1項の「組織的犯罪集団」性を欠く人の結合体は、本条の「組織的犯罪集団」の要件を充たさない。

 「団体」性を欠くものとして、次のような人の結合体が考えられる。

【「団体」性を欠くもの】

・「共同の目的」を欠く人の結合体*1

・「多数人」によらない人の結合体。

・「継続的」でない人の結合体*2

・「その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織により反復して行われ」ない人の結合体*3

 もともと(すなわち、今般の改正以前から)、組織犯罪処罰法が一定の組織的な犯罪について刑を加重する等したのは、「組織により活動を行う継続的結合体の性質に着目して*4」であるから、今般の改正においても、「団体」要件は形式的に解されてはならない。

 さらに、「組織的犯罪集団」性を欠くものとして、次のようなものが考えられる。

【「組織的犯罪集団」性を欠くもの】

・「その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第3に掲げる罪を実行すること」にない人の結合体。

 テロ等準備罪は未遂や予備を処罰しない犯罪類型についても処罰時期を早期化するものであり、これらの犯罪類型においては、未遂・予備が処罰されないにもかかわらず、計画が処罰されるという「不均衡」をもたらす。このような「不均衡」を超克する理論的可能性があるとすれば、それは、「犯罪目的でのグループの存在は、直接予見される犯罪と、そうでない犯罪の双方に対する継続的な活動の中心を提供する」というテーゼを認めることにあるが*5、この危険性を理由として最長で5年以下の懲役・禁錮といった重い刑罰を科すことを正当化するためには、当該グループの存在が有する危険性が一定以上高度であることが要求される。

 このため、「組織的犯罪集団」要件は「団体」よりも厳格に解されなければならず、組織犯罪処罰法にいう「団体」に該当する人の結合体であっても、直ちに「組織的犯罪集団」に該当すると解されてはならない。このことは、「団体」のうち「その結合関係の基礎が……」という要件を充たすもののみを「組織的犯罪集団」と規定している6条の2第1項の書きぶりから当然であるのみならず、「組織的犯罪集団」要件が処罰の早期化を基礎付けていることからも認められなければならない。

 このように考えるとき、「組織的犯罪集団」要件は、「団体」要件に「その結合関係の基礎が……」という絞りを付加したものと解されるべきではなく、「団体」のうち、特に処罰を早期化せしめるに相応しいものに限定されるべきである(このような限定は、「団体」要件の解釈も、6条の2においては、同法におけるその余の場合の「団体」要件解釈よりも厳格に行われるべきことを要求する)。

 このような限定が付されることは法案審議の過程で十分に確認されるべきであると考える。

 

2 「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」

 6条の2第1項は「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と規定するから、「その他の組織的犯罪集団」との文言も無制限であると解されるべきでなく、テロリズム*6集団に準ずる集団に限定して解釈されなければならない。

 その根拠としては、上記のような規定ぶりのほか、(TOC条約の要求と異なり)審議過程において政府がテロ対策のための立法であると再三強調したことも指摘できよう。

 「その他」の範囲は審議過程においてなお精査されるべきである。

 

二 「団体の活動として」

 法案は、「団体の活動」として一定の計画をしたことを要求する。

 組織犯罪処罰法3条1項は、「団体の活動」とは「団体の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属するものをいう」と規定する。

 「団体の意思決定」とは、個々の構成員の意思を離れた団体としての意思決定をいう*7。「暴力団の組長やいわゆるワンマン的な立場にある会社社長による単独の決定が、団体の意思決定になることもあり得よう」とされるが、少なくとも、このような決定が「当該団体の意思決定手続の実情に照らしてこれによっている」ことが要求される*8。このため、このような意思決定を欠く場合、本罪が成立しないのは当然である。

 また、「その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属する」ことが要求されるから、当該行為による利益が人の結合体の一部の構成員のみに帰属する場合は、本罪は成立しない*9

 以上のような場合に本罪が成立しないことは、審議過程において十分に確認される必要がある。

 なお、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的」とするテロリズム集団においては、従来、組織犯罪処罰法において典型的とされた金員等の利益(テロリズム集団としての活動資金等)のほか、一定の主張を強要する、社会に不安・恐怖を与えるという「効果・利益」も形式的には観念できる。

 もっとも、これらの「効果・利益」が従来組織犯罪処罰法において観念されてきた「効果・利益」とは異質なものであることも否定し難いであろう。

 法案の審議過程においては、この「効果・利益」としていかなるものを観念しているのか、同条2項における「不正権益」との関係も整理した上で、精査されるべきである。

 

三 「当該行為を実行するための組織により行われる」

  6条の2第1項は、「当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行」を計画することを要求する。

 この要件の解釈には、同法3条1項における「当該罪に当たる行為を実行するための組織により行われた」との文言の解釈が参考になる。

 これによれば、「当該罪に当たる行為を実行するための組織」とは、ある罪に該当する行為を実行することを目的としてなり立っている組織を意味し、典型的には、犯罪実行部隊としての組織がこれに該当する。また、「既存の組織であっても、それがある罪に該当する行為を実行する組織として転用された場合は、これに該当する」が、「会社としての、その業務遂行のための組織は存在するものの、未だ犯罪実行を目的とした結びつきがあるとはいえないような場合には、……『罪を実行するための組織』が存在するとはいえない」*10

 また、同法3条1項における「組織により行われた」とは「その組織に属する複数の自然人が、指揮命令関係に基づいて、それぞれあらかじめ定められた役割分担に従い、一体として行動することの一環として行われたことを意味する」*11

 同法3条1項と6条の2第1項は、前者が「行われた」こと、後者が「行われるものの遂行……を計画した」ことを要求する点で異なるが、その余の点では実質的に重なり合う。

 このため、6条の2第1項における「当該行為を実行するための組織」、「……組織により行われるものの遂行」も、同様に解されるべきであり、参議院での審議に際し、このことを踏まえた検討が必要である。

 

IV まとめにかえて

 上述したところでは触れられなかったが、本罪の主体および準備行為の意義についても議論が必要である。

 本罪の主体については、法案の規定ぶりからも、組織犯罪処罰法3条1項のこれまでの解釈*12からも団体の構成員に限られないことが確認されるべきである。「一般人云々」といった議論を延々と繰り返すのではなく、主体が団体の構成員に限定されないことを政府は認めた上で、それでもなお本罪を創設するのか否かが正面から論じられるべきである。

 また、準備行為の意義について、法案が「その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたとき」と規定しているところ、とくに「資金又は物品の手配、関係場所の下見」との例示と「その他の……準備行為」の関係(すなわち、「その他の……準備行為」とは準備行為一般ではなく、資金・物品の手配、関係場所の下見に準ずるものであることを前提に、具体的にどのようなものが想定されるのか)は精査されるべきである。

*1:「共同の目的」とは、「結合体の構成員が共通して有し、その達成又は保持のために構成員が結合している目的」をいう。三浦守ほか『組織的犯罪対策関連三法の解説』(2001年)68頁。

*2:集会(共同の目的を有する多数人の集合体であるが一時的な集団に過ぎない)、群衆(共同の目的が欠け、構成員が相互に結合していない)は該当しない。三浦ほか・前掲書68頁。

*3:「観劇、旅行等を行うことを目的とするいわゆる同好会は、……構成員間に指揮命令関係や、あらかじめ定められた任務の分担がなく、組織による団体の活動が行われない」。三浦ほか・前掲書69頁。

*4:三浦ほか・前掲書70頁。

*5:拙稿「共謀罪あるいは『テロ等組織犯罪準備罪』について」慶應法学37号(2017年)169頁。

*6:特定秘密保護法12条2項1号は、「テロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動)」と規定している。

*7:三浦ほか・前掲書87頁。

*8:三浦ほか・前掲書87頁。

*9:ただし、三浦ほか・前掲書87頁以下が、組織的な賭博場開帳等図利の事案で、一見収益が全て個人に帰属するように見えても、集約された利益が構成員らに分配される場合には「利益が団体に帰属したものと認められる場合もあろう」とすることには注意を要する。

*10:三浦ほか・前掲書88頁。

*11:三浦ほか・前掲書88頁。

*12:三浦ほか・前掲書86頁。

テロ等準備罪の「中止未遂」および予備・未遂・既遂との関係について

 遅ればせながら、参議院法務委員会における本年6月1日の参考人質疑を拝見した。

 本エントリはこれに触発され、(1)同罪を任意に中止した場合取扱い、および、(2)同罪と対象犯罪の予備・未遂・既遂との関係につき、私見を明らかにしようとするものである。

 なお、後者については国会で議論があったと承知しているが、念のために記しておく。また、私は本法案およびその審議過程には他にも疑問があると考えるが、これらについては以下のエントリを参照されたい。

gk1024.hatenablog.com

 

*  *  *

 

【本罪を任意に中止した場合の取扱】

 法案によれば、組織犯罪処罰法6条の2第1項本文ただし書は、以下のように規定する。

 ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。

 周知のように、中止未遂に関する刑法43条ただし書が予備罪に適用されるかは争いがある*1

 このような解釈は、(殺人予備罪のように)予備罪について(自首ではなく)情状による刑の任意的免除を認める犯罪類型においては不都合が小さい。必要的でないという憾みは残るが、免除の余地があるため、犯罪を既遂に至らしめないという刑事政策的目標は、一定程度達成されるからである。

 しかし、本罪では、自首について必要的減免が認められるものの、それ以外の場合については減免の余地がない。

 テロ等準備罪について自首以外の任意の中止が観念できるかは検討されねばならないが*2、もしこれが観念できるのであれば、刑事政策的観点から(すなわち、計画段階で任意に離脱しても減免を受けられないのであれば、未遂に至るまで関与して中止しようと行為者に考えさせることが妥当でないことから)、同罪にも刑法43条ただし書の適用を認めるべきである。

 強盗予備罪をめぐって、強盗の中止未遂で刑が免除されるべき場合は稀であること、刑が減軽されても強盗未遂罪の方が強盗予備罪よりも刑が重いこと(前者を減軽した場合、2年6月以上10年以下の懲役。後者は2年以下の懲役)から、不都合はないとする議論もある。

 もっとも、このような反論に対しては、まず予備罪の中止犯の問題一般について、免除される余地が(稀ではあれ)存在することを無視するものであるという再反論が可能であろう。

 また、テロ等準備罪は、対象犯罪のうち法定刑が相対的に重いもの(6条の2第1項1号。死刑・無期・長期10年を超える)の計画について5年以下、相対的に軽いもの(同2号。長期4~10年)について2年以下の懲役・禁錮を規定するため、「対象犯罪の中止未遂を必要的に減軽した場合に比べテロ等準備罪が軽いから不都合はない」との関係は成り立たない(長期4年の罪について中止未遂として減軽すれば2年以下の罪となり、テロ等準備罪と処断刑の範囲が同じである)。

 このため、テロ等準備罪には中止未遂に関する刑法43条ただし書の適用を認めるべきであり、法文上もこのことを明確にするべきであると考える。

 

*  *  *

 

【予備罪との関係】

  本罪にいう計画をした者の行為が、同時に実体犯罪についての予備罪の構成要件に該当する場合があり得る(たとえば、組織的殺人が計画され準備行為が行われた場合、本罪のほか、組織的殺人予備罪(組織犯罪処罰法6条1項1号)の要件を充足する事態が生じうる)。

 この場合、両者は併合罪と解されるべきではなく、より犯行が進展した段階である各対象犯罪の予備罪に本罪が吸収されると解するべきである。

 

*  *  *

 

【未遂罪・既遂罪との関係】

 本罪を犯した者が、さらに、対象犯罪に着手しあるいは対象犯罪を遂げた場合、本罪は、対象犯罪の未遂罪(あれば)・既遂罪に吸収されると解すべきである。

 米国におけるコンスピラシーは未遂罪・既遂罪に吸収されず、対象犯罪(米国法流には実体犯罪)が未遂・既遂に至ってもなお、コンスピラシーで処罰することもできるが(未遂・既遂と本罪がコンスピラシーが併存する)、このように解すべきでない。

 その理由として、以下を指摘できる。

 米国ではコンスピラシーにつき訴訟法上の様々な特則が認められるため(証拠法上の関連性が緩和される、伝聞法則が緩和される、等)、コンスピラシーを実体犯罪と別に訴追する(訴追者にとっての)「メリット」が存する。しかし、このような特則は本罪には認められないから(今般の改正が手続法上の手当てを行っていないため)、対象犯罪が未遂・既遂に至った後になお本罪で訴追すること*3を認めるべき手続法上の理由は存しない。

 また、米国におけるコンスピラシーは犯罪への関与者を処罰する機能を有するが、この機能は、わが国においては共謀共同正犯概念が担っている。このため、この機能を理由として本罪が対象犯罪の未遂・既遂と併存すべきだと解する必要性が存しない。

 さらに、本罪はその沿革に鑑みれば、(TOC条約が2つのオプションとして掲げた)参加罪型ではなく共謀罪型であって、当該組織の存在を理由に処罰する犯罪類型ではなく、処罰を早期化させる犯罪類型と考えられる。この観点からも、通常の早期化類型(未遂・予備)と同様に解すべきこととなる。

 罪数関係を条文に書き込むことは通常行われないから、上述したところが解釈に委ねられることも、直ちにおかしいとまでは言えない。もっとも、混乱も予想されるので、審議の過程で重ねて明確に確認されるべきである。

*1:学説の多くは適用を肯定し、判例はこれを否定する(最大判昭和29年1月20日刑集8巻1号41頁〔強盗予備事件につき「予備罪には中止未遂の観念を容れる余地のないもの」とした〕)。

*2:計画段階まで関与した上で、任意に組織犯罪集団から離脱した場合がこれに該たるであろうか。

*3:ただし、未遂結果・既遂結果の存在や因果関係につき立証上の不安があること等を理由とした一部起訴のために、本罪のみで起訴することは認められるであろう。

「国連特別報告者による書簡」に対する疑問と危惧

 組織犯罪処罰法案への賛否*1と別に、国連特別報告者による書簡とその扱われ方について研究者として疑問と危惧を抱くため、以下、簡単に記しておく。

 

*  *  *

 

 各種報道がなされたように、当該書簡は、国連特別報告者に任ぜられたJoseph Cannataci教授(マルタ大学)が首相宛に送ったものであり、ここにそのオリジナルが掲載されている。

 仄聞するところでは当該書簡は人権理事会における議論の叩き台となるものであるが、「叩く」以前に公表されることが通例であるのか、適切であるのかは、私には判断が付かない(専門外)。

 もっとも、当該書簡の内容や報じられ方には違和感を覚える。

 

*  *  *

 

 違和感の第一は、Cannataci教授が「自ら『日本のプライバシー権を巡る変遷を調査し、30年以上、追いかけてきた』と説明」したと報じられたことについてである(朝日新聞デジタル2017年5月26日)。

digital.asahi.com

 同教授を知るわけでないためこの間の報道に接する限りではあるが、同教授には日本法を日本語で(すなわち一次資料にあたって)調査研究するだけの語学力があるとは考えにくい。

 そのように考える理由は、(1)当該書簡が組織犯罪処罰法案について不完全と思われる英訳に基づいており、同法案そのものを検討したとは思われないこと、(2)近時の最高裁判決を正しく参照し得ておらず、一次資料にあたっていないのではないかと思われること、(3)マルタ大学のサイトにある業績リストを見る限り日本法の専門家ではなく欧州プライバシー法に関する専門家ではないかと思われることにある。

 「そもそも日本語ができる外国の研究者なんか少ないんだから、日本語できない日本法研究者がいるのは当然」と思う方のために敢えて付け加えれば、個人的な経験の限りでは、米国の日本法研究者は日本語堪能で一次資料に当然あたっており、また、面会した際に日本語で「古風な名前ですね」と私に述べた方すら存する*2

 翻って日本でも「比較法の対象国をどこどこに求めている」と研究者が述べる場合に、少なくとも(すなわち、会話や書くことに難があっても)当該国の言語を読めないと話にならないのであって、おそらく多くの法律学研究者は「日本語は読めないけど日本法を長く研究してきました」と言われても「すごいですね」とは思わないであろう。

 このように考えると、日本語を読めない人物が「日本のプライバシー権を巡る変遷を調査し、30年以上、追いかけてきた」と本当に述べたのであれば、その発言者の研究者としての資質・誠実さについて、控えめに言っても、疑問を持たざるを得ない。

 

*  *  *

 

 先の業績リストを見る限り、標題に "Japan" あるいは "Asia" を含むものは存しない。私自身も内容をすべてチェックしたわけではないから、標題にこれらの文言がなくとも日本(あるいはアジア)を検討対象とした業績があり得ることは否定しない。

 もっとも、プライバシーの領域で日本が「日本の」と標題に付けないで検討対象とされるとは(残念ながら)考えにくい上、同教授の業績に "in Romania"、"in Europe and North America"、"in the UK"、"in Malta" 等と題したものが存することから、もし、日本について検討しているのであれば同様に "in Japan" と付されると推測される。

 このため、業績リストを一瞥したところからも、暫定的には(すなわち、「この業績で日本についてきちんと検討している」と指摘されれば、この項目は即座に撤回しなければならないが)、同教授が日本のプライバシーに関する専門家であるとは考えにくいこととなる。

 

*  *  *

 

 あらゆる国家について当該国の言語に堪能でなければ言及してはならないと考えることは、理想的ではあるが、現実的でない。まして、国連人権委員会においてあらゆる言語に対応した報告者を用意することはまず不可能であろう。

 したがって、国連特別報告者が日本について調査報告する際に日本語能力を欠くこと自体が直ちに問題であるとまでは私も考えない。

 しかし、(他の分野はともかく)法律学において対象国の言語ができないことは一次資料にあたれないことを意味するから、研究者として誠実であろうとするなら、一次資料にあたっていない調査研究には限界があることを自覚せねばならない。

 日本法研究30年発言が本当になされたのなら、この自覚を欠いていると自認しているにほかならず、このような発言(者)が称揚されることには強い違和感を覚える(だからこそ、この発言が本当にあったかすら疑問を覚える部分もある)。

 

*  *  *

 

 違和感の第二は、同書簡が前提とする事実認識に関する。

 当該書簡は、「受領した情報によれば」(Accoding to the information received)として、組織犯罪処罰法改正法案が以下のようなものであることを前提に議論している。 

"Article 6: 2(1) Two or more persons who plan, as part of activities of terrorist groups or other organised*3 criminal groups, the commission of criminal acts listed in the following sections by such groups, are subject to the punishment prescribed in each of those sections, if any of them have arranged funds or goods or carried out preliminary inspections of relevant locations pursuant to the plan or other preparatory acts for the purpose of committing the planned criminal acts. An organized criminal group means a group of persons whose common purpose is to carry out the crimes enumerated in Appendix 3. However, those who surrender prior to executing the crime will have a reduced or exemption from that sentence. "

 もっとも、このような英訳には疑問がある。これを敢えて直訳すれば、以下のようなこととなる。

6条の2第1項 テロリスト集団もしくはその他の組織犯罪集団の活動の一部として、以下の各号に掲げられた犯罪行為をそのような集団によって遂行する旨の計画をした2名もしくはそれ以上の者は、これらの者のいずれかが計画に従って計画された犯罪の遂行の目的で資金もしくは物品を用意しまたは関係する場所の下見その他準備行為をした場合、各号に規定された刑罰に服する。組織的犯罪集団とは、別表3に列挙された犯罪を行うための共通目的を有した人びとの集団を意味する。しかしながら、犯罪の遂行に先だって自首した者は、その刑を減軽されもしくは免除される。

  これに対し、法案は以下の通り。

(テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)

第6条の2 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ。)の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を2人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。   

 一 別表第4に掲げる罪のうち、死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められているもの  5年以下の懲役又は禁錮  

 二 別表第4に掲げる罪のうち、長期4年以上10年以下の懲役又は禁錮の刑が定められているもの  2年以下の懲役又は禁錮  

2 〔略〕

  このように見比べると、法案と英訳では「組織的犯罪集団」の定義が異なっていることに気付く。法案では、「組織的犯罪集団」とは「団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう」とされているが、英訳では、"An organized criminal group" とは、"a group of persons whose common purpose is to carry out the crimes enumerated in Appendix 3" (別表3に列挙された犯罪を行うための共通目的を有した人びとの集団)を意味するとされており、「その結合関係の基礎としての」との文言が落とされている。

 この文言が落とされた経緯・理由は不明だが、この文言を落としたことにより、「組織的犯罪集団」に該当する範囲は英訳において法案よりも拡張されている(共通目的を有していれば、その目的が「結合関係の基礎」となってなくともよいことになってしまう)。

 このように、当該書簡が前提とした事実認識には疑問がある。

 

*  *  *

 

 さらに、以下の点にも疑問がある。

 まず、法案において国家安全保障目的での監視を規律する規定が欠けることを論難する点についてである。

There seem to be no plans to establish a statutory independent body in order to pre-authorise the carrying out of surveillance for national security purposes. This suggests that the establishment of such vital checks remains at the discretion of the specific agencies carrying out the operations. 

 曰く、国家安全保障目的での監視を規律する第三者組織を欠くため、監視活動が関係機関の裁量に委ねられてしまっているというのである。

 法案から離れていえば、この指摘自体はもっともであって、この種の監視活動の法的規律は喫緊の課題である。

 もっとも、組織犯罪処罰法改正によるテロ等準備罪の創設は新たな犯罪類型を設けるものであるから、ことがらは犯罪捜査にかかわるものであって、国家安全保障での監視とは無関係である(前者は犯罪の嫌疑があって初めて行われるのに対し、後者は犯罪の嫌疑を前提としない)。

 両者を区別せずに論じているのは、プライバシーに関する欧米の議論に引っ張られすぎているように思われ*4、日本の議論としては唐突な印象を免れない。

 

*  *  *

 

 さらに、GPSを用いた監視捜査に関する以下の言及にも疑問がある。

A sub-set of these concerns is the quality of judicial oversight and review when police request surveillance measures in order to carry out observations such as GPS detection or monitoring of activities on electronic devices. 

  曰く、GPSのような電子機器を用いた捜査活動に対し、日本の裁判所が適切に司法的抑制を働かせるのか疑問である、というのである。この指摘も、日本の状況を精確に理解していないのではないかと疑わせる。

 周知のように、ごく一部の例外を除いて、日本でのGPS捜査は、令状によらずに任意処分として行われてきた。このため、GPSについての令状審査はそもそも存しなかったのである(威張ることかどうかはともかく事実の問題として)。

 また、先日の最高裁大法廷判決により、新たな立法がなされない限りGPSを用いた捜査が日本で行われる法的な余地はほぼ*5存しないこととなった。

 もちろん、(1)今後立法的な手当てがなされた際に日本の裁判所がきちんと司法的抑制を働かせるかを問題としている、あるいは、(2)検証許可状を得てGPS捜査を行おうとする場合に日本の裁判所がきちんと司法的抑制を働かせるかを問題としていると善解する余地もあるが、それにしてはずいぶん素朴な書きぶりだという印象は拭えず、日本の状況に対する理解の精密さを疑わせる。

 

*  *  *

 

 このように、組織犯罪処罰法改正法案への賛否と別に、当該書簡の内容には様々な疑問を持たざるを得ない。

 同法案の審議はまさに政治過程にあるから、内容に疑問があってもなお同書簡の存在を利用しようとする戦略があることも承知している。

 しかし、そのような戦略は、内容の当否によって議論するという基本的な作法によらないことを指摘せざるを得ない。私はこのような戦略によってデモクラシーが劣化させられることを危惧する。

 「すべては党派的主張のため」、「敵の敵は味方」という言論作法が根付くなら、日本の言論空間の健全さは失われてしまう。言論空間の健全さは熟議による国家統制の基礎をなすものであるから、言論の作法は軽視されるべきものではなかろう。

 

*  *  *

 

 同書簡の成立過程とその内容について疑問を示したが、当該書簡に対する政府の対応にも問題があると考えている。言論作法の観点から、政府は正面から対応すべきであると思っていることも付記しておく。

 

 

【追記:2017年8月25日】

 外務省が2017年8月21日付けで国連人権高等弁務官事務所に対し「カンナタチ国連人権理事会の『プライバシーの権利』特別報告者の指摘に対する回答」を提出し、同22日付けで外務省ウェブサイトにおいて公開された。本エントリに関係するものとして、以下にリンクを追記する。

 なお、同サイトでは英文のもの、和文のものが公開されており、それぞれの末尾に、英文・和文で改正後の組織犯罪処罰法における関連条文が掲載されている。

国連人権理事会「プライバシーの権利」特別報告者の指摘に対する回答 | 外務省

*1:なお、同法案への私の立場については、さしあたりはひとつ前のエントリを、詳しくは当該エントリで言及した一連の拙稿を参照されたい。

*2:すなわち、日本語が読めるというレベルを遙かに超え、「源太郎」が「古風だ」と判断できるほど日本文化を知っているのである。

*3:第2文では organized と綴られているが、原文ママ。

*4:たとえば米国では、911後に両者の区別が急速に失われ、FBIは既に生じた犯罪を捜査するreactiveな組織から、未だ生じていないテロを発見し抑止するproactiveな組織に、その性格を変更しているとされる。そこでは、犯罪捜査に関する法的規律から解き放たれた監視をいかに規律すべきかが問題とされている。

*5:歯切れが悪いのは、大法廷判決がごく例外的に検証許可状を得て行う可能性を認めているとも読めるため。