このエントリでは、法解釈論研究の一手法としての*1歴史研究について触れてみたいと思います。
解釈学者が行う歴史研究は、多くの場合、現代の・日本の解釈論上の問題を解決するために、過去の議論にその手がかりを求めようとする作業です。
私自身も、極めて不十分ながら、(現代風に言えば)正犯概念に関する公事方御定書以来の規定を用いて一定の解釈論上の論証をしようと試みたことがあります*2。
そこで試みたことは、正犯と共犯を区別する際に「役割分担」に着目する立場から(同書94頁以下)、このような考え方が「わが国の伝統的な正犯に関する規範意識にも合致する」(同書104頁)ことを指摘し、自説を補強しようとするものでした。
この試みの当否はさておき、ここでは、歴史研究は、「ある考え方(たとえば「役割分担」に着目して正犯と共犯を区別しようとする考え方)が、わが国において、過去一定期間(たとえば、公事方御定書から現行刑法の制定過程まで)妥当していたことをもって、その考え方が根強いものであることを論証する」ための道具立てとして用いられていました。
もちろん、過去から続いていたものごと/考え方が、単なる因習/悪習に過ぎないことはありますから、このような手法には限界がありますし、このような手法は絶対的なものとして用いられるべきではありません。
また、かつて正しかったものごと/考え方を誤った方向へ変更してしまう場合がありますから、歴史は常に正しい方向へ発展するとは限りません。歴史研究をあるべき現在/未来の解釈の根拠付け/予想に使うことも慎重でなければならないでしょう。
このため、前掲のような私自身の試みが正しかったのか、同書の刊行から10年経った今となっては、率直に言えば、迷うところもあります。
他方、歴史研究は、以下のような意味があるかもしれません。
- ある概念/考え方のルーツがわかる、ということは、それ自体面白く、知的に刺激的であります。
- ある概念/考え方のルーツがわかれば、その概念/考え方の内容や位置付けが、異なる理解/位置付けを許すか否かがわかるかもしれません。
- ある概念/考え方の変遷をたどれば、その概念/考え方の行く末等が予想できる、かもしれません。
このうち、第1の点については多言を要しないでしょう。「なるほど」と思うことは、それ自体楽しい/うれしいものです(アハ体験?)。
第2の点は、ある概念/考え方が常に多義的に用いられて来た場合や、現在一定の意味で理解すべきように思われるある概念/考え方が過去において異なった意味に理解されていた場合を想像すればわかりやすいかもしれません。
たとえば、刑法204条は、「人の身体を傷害した」場合について傷害罪が成立するとしていますが、PTSDを発症させる等、精神的なダメージを負わせる場合は、同条の「身体を傷害した」場合に該当するでしょうか。
「身体」という文言のみに着目すれば「精神は身体ではないから、この場合は傷害罪は成立しない」とも言えそうです。しかし、もし仮に、過去においては「身体」と「精神」は区別されていなかったとすれば、あるいは、現行刑法204条の「身体」が「精神を含むもの」として立法されたという経緯があるとすれば、あるいは、少なくとも、立法時に「身体」という文言が「精神は含まない」という趣旨で選択されたわけではないとすれば、204条の規定のもとで、PTSDを発症させる等の行為がなお傷害罪に該当する、という解釈も許容されそうです。
ここでは、現行刑法204条の成立過程に関する歴史研究が、同条の解釈という現代の問題に有用である様が見て取れるでしょう*3。
さらに、第3の点についてですが、もし、ある概念/考え方について、「どのように変遷してきたか(変遷の様子)」だけでなく、「なぜ変遷してきたのか(変遷の理由)」が分かれば、そして、その変遷をもたらした事情が現在どのような状態なのか分かれば、これらを掛け合わせて、その概念/考え方が今後どのように変わっていくのか/変わっていくべきか、が予想できるのかもしれません。
解釈学者は歴史研究の専門家ではありません。
しかし、解釈学者にとっても、歴史研究は重要な手法の一つです。このため、蛮勇をふるってこのエントリを書いてみました。大きな間違いがないとよいのですが。
*1:もちろん、私は歴史家ではありませんので、歴史家から見ておかしなことを言っているのかもしれません。
*2:拙著『正犯と共犯を区別するということ』(2005年、弘文堂)104頁以下。
*3:同条の成立過程につき、薮中悠「刑法204条の成立過程にみる傷害概念――精神的障害に関する議論を中心に」法学政治学論究98号(2013年)37頁以下参照。