越境メモ書き:憲法9条削除論を読んで考えた。

本エントリでは、井上達夫憲法9条削除論を契機として考えたところをメモ書き的に記しておきます。

 

井上・9条削除論はくりかえし主張されており*1、私自身もいくつかの論稿に接しているところですが、直近の、かつ、ネット上で手軽に読めるものとしては、以下があります。

 

blogos.com

 

他説への批判を削ぎ落として9条削除論の骨格を示すならば、次のようになるでしょう。

 

  1. 消極的正戦論を採る。
  2. 憲法9条は絶対平和主義を採っている。
  3. 安全保障は憲法ではなく民主的な政治過程に委ねられるべきことである。
  4. 戦力を保持するのであれば、無責任な好戦感情を抑制するため、徴兵制でなければならない。この場合、良心的兵役拒否憲法上認めなければならない。

 

もっとも、2については実定法解釈学者として、若干の違和感を覚えます*2

 

9条削除論における2の点の理論的支柱は、立法者意思(吉田茂答弁)や文理解釈であるように見受けられます。

 

もっとも、立法者意思が解釈を常に拘束するかについては議論がありますし、下位法規の解釈においては立法者意思が決定的な根拠とされない場面は多く見られます*3。このため、立法者意思が削除論の決定的な根拠となるとすれば、憲法解釈に際しての立法者意思には特別の重みがあることを説得的に論ずる必要があると思いますが、そういった説明はなされていないように思います。

 

また、罪刑法定主義が妥当する刑法の世界においてすら、形式的な文理解釈のみが用いられているわけでないことは、多言を要しません*4。ここでも、憲法解釈は特別、という説明が必要であるように思います。

 

さらに、文理解釈からはただちに導けない憲法解釈がされている例もありそうです。(土地勘のないところで偉そうにして間違うと恥ずかしいのですが、)文字通りには刑事手続について規定している憲法31条が行政上の不利益処分にも及ぶとするのが最高裁判例ですし*5憲法上明示的には定められていない緊急逮捕が合憲であるとすれば、それは、憲法33条の文言を柔軟に読んでいるからにほかなりません。

 

このため、前掲2のように、憲法が絶対平和主義を採っていると解釈した上で(さらにはそう解釈する以外ないとした上で)展開される議論には――展開される議論の中に傾聴すべき点が少なくないとしても――違和感を覚えます。

 

* * * * * * *

 

他方、このように、憲法解釈のあり方に注目することは、「解釈改憲」という概念整理に対する、一定の視座を与えてくれます。

 

憲法9条が絶対平和主義を採っていると理解するしかないとすれば、集団的自衛権はおろか個別的自衛権を認めることも、許されない解釈を用いて憲法を実質的に改正したものである、ということになるでしょう(9条削除論がいうように)。これと異なり、憲法9条が絶対平和主義以外の解釈(たとえば消極的正戦論)を許容するならば、一定の範囲の自衛権行使は、なお憲法上許容されるということになるでしょう。

 

このように見てくると、集団的自衛権を巡る論争は、法律学上は、「解釈改憲」(及びその是非)という整理ではなく、集団的自衛権を認めることが憲法の可能な解釈の枠内にあるか否かという問題と整理されるべきように思われるのです。

 

法令は文字によって規定されますから、複数の解釈の可能性があることは、一般に当然です。いったんある解釈をしたら永遠に解釈を変更できないというものでもありません*6。しかし、法令の文言の可能な解釈の範囲を越えるのであれば、法令の文言そのものの改正が必要になります。

 

解釈改憲」という整理は、可能な解釈の範囲内での変更と、それを越えた変更の区別を分かり難くさせるように思われてならないのです。

*1:たとえば、「挑発的!9条論 削除して自己欺瞞を乗り越えよ」論座121号(2005年)17頁以下、「九条問題再説」『法の理論』33号(2015年)3頁以下、『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』(2015年)5頁以下(特に43頁以下)。

*2:1・4についても一市民としては思うところがありますが、一市民としての感想を披瀝する必要はないでしょう。また、3についても疑問がありますが、未だこの疑問は熟していません。安全保障が憲法ではなく民主的政治過程に委ねられるべき理由、より一般的に言えば(1)民主的政治過程ではなく憲法に委ねられるべきこと、(2)憲法ではなく民主的政治過程に委ねられるべきこと、(3)いずれに委ねるかは「キメ」の問題であること、の区別がどのようになされるのか、はたして(3)の領域はあるのか、議論の構造が必ずしも理解できていないところがあります。

*3:たとえば、凶器準備集合罪の立法理由と適用範囲がその例として挙げられましょうか。

*4:古くは、旧刑法下の電気窃盗、現行法下でもコピーの文書性等。

*5:成田新法事件、最大判平成4年7月1日民集46巻5号437頁。

*6:解釈変更の手続については、ここではさしあたり措きます。