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刑法典と立法者意思――「憲法9条削除論を読んで考えた。 」補遺(その1)

昨日のエントリについて、Twitter上でご質問を頂きました。ご質問の趣旨は、法解釈における立法者意思の重み如何、ということであり、また、私がビールを呑みながらテレビを観ている間に、玉井克哉先生が丁寧に対応して下さいました(深謝)。

 

twitter.com

 

 

ご質問への応答は玉井先生のご説明に尽きると思いますが、同時に、以下のような感想も持ちました。

 

 

注釈書の一部として、内乱罪について原稿を書いたことがあります(未公刊。『大コンメンタール刑法〔第3版〕6巻』収録予定)。

 

現行法は、内乱に関する罪の刑罰として、死刑を規定しています。政治犯に対する死刑の採用については、古くから賛否両論があります。

 

ボアソナードは、旧刑法の立案にあたり、政治犯について死刑を廃止すべきであると主張しました*1

 

しかし、旧刑法は、この案を採用せず、内乱の首魁および教唆者に死刑を科すものとしました*2

 

現行刑法も、内乱の首謀者を死刑又は無期禁錮に処するものとしています。


現行刑法の審議過程においては、衆議院特別委員会(明治40年3月11日)が、政府提出案(「首魁ハ死刑又ハ無期禁錮ニ処ス」としていた)を修正して内乱罪について死刑を廃止するものとし*3、衆議院もこれを認めていました*4*5

 

しかし、貴族院はこのような修正を施しておらず*6、明治40年3月23日に開会された貴衆両院協議会において衆議院側が譲歩したのです*7

 

もっとも、なぜ、衆議院側が譲歩したのか、調査した限りでは細密な部分はよく分かりませんでした。両院協議会会議録によれば、同日午前10時30分から同協議会が開催され、一旦休憩に入る前に貴族院3名、衆議院3名の交渉委員が選任されたのですが、再開後、衆議院側の交渉委員から、刑法改正の実現を優先するため譲歩した旨の報告がされて決着しているのです。このため、両院の交渉委員らが具体的にどのような交渉をしたのかまでは、会議録上明らかではありません。

 

ここで記したことは規定の沿革についてであって、立法者意思と法解釈という問題とはやや距離のあるものですが、立法者意思がはっきりしない例の一つと言えるでしょう。

 

もちろん刑法典は累次の改正を経ていますから、個別の犯罪類型によっては、立法者意思がより詳細に明らかにされている場合も少なくありません*8。ただ、刑法典に当初から規定されていた犯罪類型については、上述のような問題があるのです。

 

なお、傷害罪の規定について、丁寧に沿革を訪ねた研究として、薮中悠「刑法204条の成立過程にみる傷害概念――精神的障害に関する議論を中心に」法学政治学論究98号(2013年)37頁以下があり、上述の問題を考える上でも参考になることと思います。

 

koara.lib.keio.ac.jp

 

 

*1:その論拠は、第一に、政治犯は個人の犯罪ではないところ、首謀者を死刑にすることは、他の者の犯行を刺激し激発せしめること、政治犯を通常犯罪と同じ扱いにするのは不正義であること、未遂が刑を減軽されるべきだとすれば未遂の場合のみ処罰され既遂に至った場合に処罰されない政治犯も刑を減軽されるべきであること、でありました。

*2:旧刑法は、「政府ヲ転覆シ又ハ邦土ヲ僣窃シ其他朝憲ヲ紊乱スルコトヲ目的ト為シ内乱ヲ起シタル者」のうち、「首魁及ヒ教唆者ハ死刑ニ処ス」と規定していました(旧刑法121条1号)。

*3:沿革綜覧2025頁、2055頁。

*4:明治40年3月14日。沿革綜覧1784頁以下、1825頁以下。

*5:修正の理由は、特別委員会議事録においては「此罪ノ犯者ハ総テノ場合ニ――多クノ場合ニ於テ公益ヲ目的トスルモノテアツテ、私ノタメニスルモノテナク、且時勢ノ変化ニ依ツテ常ニ必要ナ人トナラレルモノカ多イ」こと、多くの国において国事犯には死刑を科していないこと、「死刑説ニ最モ熱心ナ独逸テモ国事犯ニハ死刑ヲ科シテ居ナイ」ことが挙げられています(沿革綜覧2024頁以下)。

*6:沿革綜覧2040頁。

*7:沿革綜覧2105頁以下。

*8:現代では、立案当局による解説が各種媒体に載ります。