覚書:「政府、『新テロ対策』法案提出へ」(産経、2016年3月26日)

在外研究の関係でバタバタしていて見落としていたが、産経新聞が3月末に「政府、『新テロ対策』法案提出へ」と報じていた。

 

www.sankei.com

 

「客観的な準備行為を起こした時点で逮捕できるように」(犯罪として処罰しうるか否かと逮捕しうるか否かは別問題)、「捜査で未遂に終わった事件関係者による再実行を抑える効果」(捜査を遂げられずに終わった場合なのか、犯罪が未遂に終わった場合なのか、後者であるとすれば、テロにかかわる犯罪は通常未遂処罰するのではないか)等、書き手がよく分かってないのではないかと思わせる記述もあるが、以下のような記述が注目される。

 

テロなど組織ぐるみの重大犯罪の準備段階で処罰する。重大犯罪の計画など謀議に加わった時点で処罰対象とする「共謀罪」の構成要件を変更し、犯罪の実行に必要な資金や爆薬、自動車などを準備するといった客観的な準備行為を起こした時点で逮捕できるようにする。 

 

アメリカ合衆国法では、しばしば overt act*1 が共謀罪(criminal conspiracy)処罰の前提とされる。顕示行為を要求する趣旨は、共謀が進行中であり(the conspiracy is at work)、計画が単に共謀者らの心中にとどまっているのでもなければ、完全に作戦が完遂され、もはや存在しないものでもないと、明確に示すことにあるとされるが、実際には、顕示行為は、かなりゆるやかに、その存在が肯定される。顕示行為は、コンスピラターの微々たる行為で足り、目的達成から遠く離れたものであってもかまわないとされるように、合意が成立したが、目的が達成されなかった場合、事実上、あらゆる行為が顕示行為の要件を満たしうるとされる*2

 

前掲記事における「準備行為」がアメリカ法における「顕示行為」と同様のものとして同様の解釈をされることとなるかは現時点では分からない。ただ、条文の書きぶりを工夫しないと、「準備行為」は、立案担当者の狙いとは異なり、処罰範囲を限定する「歯止め」としてはさほど役立たない、ということになりかねない。このことは、アメリカ法の経験が教えるところである。

 

新テロ対策法案は、現在の「組織犯罪処罰法」を改正し、……。

罪名は「組織犯罪準備罪」などを検討中で、適用対象となる団体も組織的な犯罪集団に限定する。 

 

組織犯罪処罰法には、同法における諸概念についての解釈の積み重ねがあり、ここにテロ対策を盛り込むのがよいか否かは考えどころではないか*3、適用対象をどのように限定するのか(条文の書きぶりをどうするのか)、等も気になるところ。

 

また、条約との関係をどう説明するのか(処罰範囲を絞り込んだ形で、しかし、条約の要求を満たすことはできるのか)も気にかかるところ*4

 

テロ対策に必要なのが――条約による要求は別として――実体法の手当てなのか手続法の手当てなのかも考えどころではないか。

 

以上、在外研究中で十分に文献を渉猟できないが、覚え書きとして。

*1:しばしば顕示行為と訳される。また、そのままオーバートアクトとされることも。

*2:拙著『正犯と共犯を区別するということ』(2005年、弘文堂)第5章参照。

*3:たとえば、かつて、共謀罪を同法に盛り込もうとし、「団体の活動として」という文言を用いたことが、同法における「団体」概念の広範さとあいまって、混乱を惹き起こしたのではないか。

*4:共謀罪創設の困難さは、条約が求める条件を真面目に満たそうとするとかなり多くの犯罪の処罰が早期化されるところにあったのではないか。