シンポジウム抄録:「刑事法研究者から見た海賊版サイト対策を巡る動き」(1/2)

○本エントリの性質

 本エントリは、2019年10月13日に日本学術会議法学委員会公開シンポジウム「著作権法上のダウンロード違法化に関する諸問題」 において亀井が行った報告の要点を、メモ書き形式で抄録するものです。より詳細な原稿は別にしかるべき媒体で公開する予定ですLaw&Technology 87号に掲載されます。

 当日配布したレジュメはこちらに置いてあります(http://gk1024.jp/191013/)。あわせてご覧下さい。

 

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【目次】

 →「2/2」に続く

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以下抄録(カコミ内はレジュメ記載部分。レジュメ中の頁数は文化審議会著作権分科会報告書〔以下、単に報告書という場合がある〕の該当箇所を示す)。

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Ⅰ 検討対象

    • 検討対象:立法によらないブロッキング、ダウンロード(DL)犯罪化
    • 参照資料:
      • 文化審議会著作権分科会報告書(2019年2月)
      • 「自民党・公明党 条文審査資料(平成31年2月22日) 著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律案概要説明資料」
      • 「自民党・公明党 条文審査資料(平成31年2月22日) 著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律案 新旧対照表」
      • 「文化庁当初案の考え方に関する資料(侵害コンテンツのダウンロード違法化)」

・本報告の検討対象は、立法によらないブロッキングおよびダウンロード(以下、DL)犯罪化である。

・主として掲記の資料を参照しつつ検討する。

・この議論ではしばしば「刑事罰化」という表現が用いられるが、刑事法研究者としてより一般的と思われる「犯罪化」という表現を用いる。

 

Ⅱ ブロッキング

 

一 問題の構造

  • 立法によらないブロッキング/立法によるブロッキング(→本報告の検討対象外)

・DNSブロッキング(以下、ブロッキング)は立法によるそれと立法によらないそれで問題の構造を異にする。

・このうち立法によるブロッキングは本報告の検討対象外である。立法によるそれは、そのような立法が憲法上許されるかという問題であって、刑事法研究者としての守備範囲の外にあるためである。

・これに対し、立法によらないブロッキングは、このブロッキングを実施する際の通信事業者等の行為が通信の秘密侵害罪を構成することとなるところ、同罪を緊急避難構成で正当化できるかという問題であるから、刑事法研究者としての守備範囲内にある。

 

二 立法によらないブロッキングと緊急避難

  • 特に以下の要件が充足されるか疑問
    • 「やむを得ずにした行為」(補充性)
    • 「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった」(害の権衡) 

・既に各方面で指摘されているところだが、立法によらないブロッキングを緊急避難構成で正当化しようとする際、補充性と害の権衡の要件を充たすか疑問。

・(少なくとも海賊版サイト対策としての)立法によらないブロッキングを緊急避難構成で正当化することは、困難である。

 

三 立法をスキップするエクスキューズとしての「緊急避難」?

1 日常用語としての「緊急避難」

  • 「立法を待っている暇がない」? ←→法律主義 

 ・では刑法上の概念としての緊急避難について、ごく一般的な理解に照らしてその要件が充足されるか検討し、充足されないことを明らかにした。

・しかし、立法によらないブロッキングの是非を巡る議論の嚆矢となった知財本部・犯罪対策閣僚会議のいう「緊急対策」は、刑法上の緊急避難構成をしようとしてたのではく、「立法を待っている暇がない」という緊急性を表現していたのかもしれない(いわば、日常用語としての「海賊版サイト対策を急がないと困るじゃないか」)。

・しかし、このような日常用語としての「緊急避難」による正当化にも疑問がある。ここでの問題は通信の秘密侵害が立法によらずに正当化されるかであるところ、海賊版サイト対策(すなわち財産的な利益の保護)についてまで立法によらなくてよいとしてしまえば、相当に広汎なケースについてまで、立法によらない通信の秘密侵害を認めることとならざるを得ず不当だからである(名誉毀損等にまでただちに広がりかねない。通信の秘密と他の権利・利益の調整は、立法の過程で民主的に決定されるべきであろう)。

2 板挟みにされる者の苦悩

政府「緊急方針」→通信事業者(/通信事業者内の担当者)←通信の秘密侵害による法的責任

・政府の緊急方針は、裁判所・捜査機関・(民事の原告となり得る)インターネットユーザーの行動や判断を制約・制約しない。

・このため、立法によらないブロッキングを通信事業者が行えば、通信事業者は、緊急方針と法的責任(民事・刑事)との間で板挟みにされる構造にあった。

・刑事法研究者としてというよりも、社会人のひとりとして、板挟みにされる者の苦悩を思わざるを得ない。

 

Ⅲ DL犯罪化範囲見直し

 

一 文化審議会著作権分科会報告書の概要――犯罪化との関係を中心に

・DL違法化/犯罪化範囲見直しについては、まず、報告書を犯罪化との関係を中心に概観する。

1 「被害実態及び措置の必要性について」(60頁〔民事含む〕)
・報告書は、被害状況等を指摘し、違法化・「刑事罰化」(犯罪化)の必要性を述べる。
2 「制度整備の際の留意点について」(78頁〔民事含む〕)

  • 「主観要件の取扱い」(78頁〔民事含む〕)
    • 「『違法だと当然に知っているべきだった』、『違法か適法か判断がつかなかった』等の場合に、ダウンロードが違法とされることのないよう、主観要件の規定の仕方を見直す(例:「事実を知りながら」には、重過失により知らなかった場合を含むものと解釈してはならない旨の解釈規定を置く)ことを含め、厳格な解釈・運用、ユーザーの不安解消のために必要な措置を検討すべき」
    • cf. 「……『違法だと当然に知っているべきだった』、『違法か適法か判断がつかなかった』等の場合には、ダウンロードは違法とならないよう要件が設定されることが適当であり、現行の『事実を知りながら』という要件の適否も含めて検討することが適当である。〔原文改行〕このような対応が行われることを前提にすると、ユーザーが違法にアップロードされた著作物だと確定的に知っている場合にのみ、ダウンロードが違法となる……」(66頁以下〔民事含む〕)

 ・報告書は、「主観要件の取扱い」につき、民事法上違法とする範囲の見直しをも議論の射程に入れつつ、重過失により知らなかった場合を除く、確定的に知っている場合にのみ違法となる等、述べる。

・過失による場合が除かれるのか、確定的故意がある場合に限定されるのかは、報告書の書きぶりからははっきりしない。

3 「刑事罰の取扱いについて(各論)」(79頁)

  • 録音・録画についての一部DL「刑罰化」 ←「一定の抑止効果」(79頁)   
  • 「刑事罰は……最も強力な制裁手段であり、……極めて慎重な配慮が求められる」(79頁)   
  • 要件
    • 主観面 「厳格な主観要件」(80頁) 
    • 客体 「有償で提供・提示されている著作物等のダウンロードに限定」(80頁)
    • 更なる限定を付すか「十分に留意」(80頁) 「『原作のまま』、『当該著作物の提供又は提示により著作権者が得ることが見込まれる利益が不当に害される場合』等の要件により対象行為が海賊版対策に必要な範囲に限定されることを確保しつつ、反復継続してなどの要件により悪質な行為に限定」
  • 法定刑 「2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金又はその併科」
  • 親告罪とする 

 ・「刑事罰の取扱い」について報告書は、「厳格な主観要件」を課すこと、客体を限定すること、さらなる限定付すか「十分に留意」することが指摘している。

 

二 自民党・公明党条文審査資料(前掲)における著作権法改正案(抄)

119条(1・2項略)
3   第30条第1項に定める私的使用の目的をもつて、著作物又は実演等(著作権又は著作隣接権の目的となつているものに限る。)であつて有償で公衆に提供され、又は提示されているもの(その提供又は提示が著作権又は著作隣接権を侵害しないものに限る。)の著作権(第28条に規定する権利を除く。以下この条において同じ。)を侵害する自動公衆送信又は著作隣接権を侵害する送信可能化に係る自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきもの又は著作隣接権の侵害となるべき送信可能化に係るものを含む。)を受信して行うデジタル方式の複製(以下この条において「有償著作物等特定侵害複製」という。)を、自ら有償著作物等特定侵害複製であることを知りながら行つて著作権又は著作隣接権を侵害する行為を継続的に又は反復して行つた者は、2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
4   前項に規定する者には、有償著作物等特定侵害複製を、自ら有償著作物等特定侵害複製であることを重大な過失により知らないで行つて著作権又は著作隣接権を侵害する行為を継続的に又は反復して行つた者を含むものと解釈してはならない。

・今般のパブコメに際し公表された与党説明資料(前掲)によれば、DL犯罪化範囲見直しに関する部分は上掲のとおり。

・すなわち、有償で提供されている著作物等の、違法にULされたものに係る、自動公衆送信を受信して行うデジタル方式の複製(DL)を、有償著作物等特定侵害複製であることを知りながら、継続的に又は反復して行った場合に処罰するものであり、4項で重大な過失による場合が除外されている。

 

三 検討

 

1 刑事立法評価枠組(試論)

  • 刑事立法評価の2段階構造
    • 憲法適合性
    • (憲法適合的であるもののうち)「よりよい」か――刑法上の諸原則等との適合性
      • 保護しようとする権利・利益の面―― 保護法益適格性/法益保護の必要性
      • 禁止されることとなる行為の面――禁止の有用性/代替手段の有無・有効性/禁止の相当性 

・あまりアトランダムに論じても精密な検討はできない。このため、刑事立法評価枠組を、さしあたり上掲のように設定する。

 ・まず、憲法適合的かどうかが問われる(憲法適合性)。当該措置に伴う制約が憲法に違反するものであれば、当該措置はその余の観点からの検討を経るまでもなく禁止される。

・さらに、当該立法がただちに憲法違反であるといえなくとも、刑法上の諸原則等に照らして、「よくない」立法である場合がある。

・後者(「よりよい」か)については、さらに、保護しようとする権利・利益にかかわる事情と、禁止されることとなる行為にかかわる事情に整理することができる(刑法が、一定の行為を禁止することにより、一定の権利・利益を保護しようとするものであるため)。

2 憲法適合性

cf. 録音・録画についてのDL違法化・犯罪化  ※ただし、その内容や立法過程に対する批判も

 ・ここではさしあたり、憲法適合性は充足されると考えておく(既に録音・録画についてはDL違法化/犯罪化が行われているため。また、憲法適合的であって、はじめて、刑事法研究者としてコメントすべきことが生ずるため)。

・ただ、録音・録画についてDL違法化/犯罪化した際の規制の在り方や議論の在り方に批判もあることは留意すべきである(守備範囲外だが、憲法適合性のレベルで議論する余地があるのかもしれない)。

3 保護しようとする権利・利益の面から

(1)保護法益適格性

・著作権者等の有する権利・利益
 ※その内実――どのような権利・利益につき、保護法益適格性を論ずるか
(a)「違法にアップロードされた著作物(著作権法がそのような形での情報流通を許容していないもの)から私的使用目的で便益を享受しようとするユーザーの行為」が「広く一般的に許容されるべき正当性があるか」(63頁)
(b)著作権法30条1項の趣旨:「著作権者への経済的打撃が少ないことなどに鑑みて規定された」(知財高判平成26年10月22日判時2246号92頁)(58頁)

 ・報告書は、著作権者等の有する権利・利益のうち、どのような権利・利益を保護法益と考えているのか、不明瞭。

・(a)の表現は報告書に繰り返し登場する。あるいはこのような観点から、保護法益の内実を定立しようとしているのかもしれない。これは、いわば、違法にアップロードされた著作物から便益を享受しようとしてケシカラン、という気持ちと言いかえることができようか。(零細)物書きのひとりとしては、たしかにケシカラン、とは思う。しかし、この説明は保護法益の内実の説明としてはあまりにも弱い。

・これに対し、(b)として掲げた記載の背景にある経済的利益は保護に値するといえよう。

(2)法益保護の必要性

※被害実態推計につき議論があることに留意

 ・報告書は、被害推計値を掲げ、経済的被害が深刻であることを強調する。

・もっとも、被害実態を推計する方法には批判があったことも想起すべきである。

・とはいえ、一定の被害が生じているであろうとは想像できる。

・法益保護の必要性は肯定できる可能性がある。

4 禁止されることとなる行為の面から
(1)禁止の有用性

  • DL犯罪化範囲見直しが著作権者等の権利・利益を保護する機序如何?  (四 補説も参照)
    • 「拡散」防止(62頁) 将来の違法ULを抑止
    • 違法UL者のインセンティブ減少(62頁注68)
  • 録音・録画の場合:犯罪と宣言することによる効果を指摘(79頁参照) 
    • ※平成25年度文化庁委託調査(新日本有限責任監査法人「改正著作権法の施行状況等に関する調査研究報告書」(2013年)) 
    • ※シグナリングとその弊害(→後述) 

・ある行為を法的に禁止しその違反に刑罰を科すためには、その行為を禁止すると法益保護に資するという関係が必要(そうでなければ、禁止しても意味がないし、禁止によって得られる利益もない)。

・DL違法化対象範囲見直しが、いかなる機序で著作権者の権利・利益(私見では経済的利益)に繋がるであろうか。

・報告書がこの点をどう考えているのかは必ずしも明確ではないが、2通りの機序が念頭に置かれているように思われる。

・その第一は、「拡散」防止。既にULしやすい状態になっているデータのDLを禁止すれば、将来の違法ULを抑止につながるというロジック自体は理解できる。

・ただ、これはかなりの処罰の前倒し(ULという行為からみると、それよりかなり早い段階を処罰することとなる)。あまりに幅広く処罰を早期化させることは正当化し難い。

・「機序」の第二は、違法UL者のインセンティブ現象。ただし、このインセンティブは主として広告収入と思われるところ、DLを禁止しても当該サイトの閲覧が禁止されない以上、広告収入減には繋がらず、インセンティブは減少しないように思われる。

・なお報告書は録音・録画について犯罪と宣言したことによる効果があったとするが、そこで用いられている調査の対象期間が短いほか、同時期に音楽について適法な配信を便利に利用できるようになったこと(たとえばiTunesの進化)が寄与している可能性もあり、効果があったとするのであればさらなる検討を要するであろう。

・また、この「宣言」(シグナリング)には弊害もあり(後述)、主としてシグナリング目的ですと高らかに謳われても困る。

 (2)代替手段の有無・有効性

  • 代替手段としてのUL行為処罰の存在
  • 無数に存在するDL行為者よりもUL行為者を処罰する方が根本的で有効 

 ・代替手段の有無・有効性も、立法評価に際し検討される。他のよりよい選択肢があるのであれば、そちらが採用されるべきだからである。

・ここでは、代替手段としてのUL行為処罰の存在や有効性が踏まえられるべきである。

・摘発が困難とされた「漫画村」についても――刑事事件としての帰趨は未だ途中の段階だが――さしあたり検挙にはたどり着いたことを想起すべき。

(3)禁止の相当性

「違法にアップロードされた著作物(著作権法がそのような形での情報流通を許容していないもの)から私的使用目的で便益を享受しようとするユーザーの行為は、広く一般的に許容されるべき正当性があるか否か疑義」(63頁)

・当該措置によって制約される権利・利益と当該措置によって保護される権利・利益の権衡が著しく欠けていないか(相当性)も問題となる。

・同報告書には上掲の表現が繰り返し登場する。

・もっとも、「当初案」についてスクリーンショット等を巡って批判が百出したように、 上記ユーザーの行為について報告書が「広く一般的に許容されるべき正当性があるか否か疑義」があるとしたことは、再度慎重な検討に付されるべきである。

・控えめに言っても、報告書は相当性について丁寧な検討をしていない。

 

(「2/2」につづく)

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