「国連特別報告者による書簡」に対する疑問と危惧

 組織犯罪処罰法案への賛否*1と別に、国連特別報告者による書簡とその扱われ方について研究者として疑問と危惧を抱くため、以下、簡単に記しておく。

 

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 各種報道がなされたように、当該書簡は、国連特別報告者に任ぜられたJoseph Cannataci教授(マルタ大学)が首相宛に送ったものであり、ここにそのオリジナルが掲載されている。

 仄聞するところでは当該書簡は人権理事会における議論の叩き台となるものであるが、「叩く」以前に公表されることが通例であるのか、適切であるのかは、私には判断が付かない(専門外)。

 もっとも、当該書簡の内容や報じられ方には違和感を覚える。

 

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 違和感の第一は、Cannataci教授が「自ら『日本のプライバシー権を巡る変遷を調査し、30年以上、追いかけてきた』と説明」したと報じられたことについてである(朝日新聞デジタル2017年5月26日)。

digital.asahi.com

 同教授を知るわけでないためこの間の報道に接する限りではあるが、同教授には日本法を日本語で(すなわち一次資料にあたって)調査研究するだけの語学力があるとは考えにくい。

 そのように考える理由は、(1)当該書簡が組織犯罪処罰法案について不完全と思われる英訳に基づいており、同法案そのものを検討したとは思われないこと、(2)近時の最高裁判決を正しく参照し得ておらず、一次資料にあたっていないのではないかと思われること、(3)マルタ大学のサイトにある業績リストを見る限り日本法の専門家ではなく欧州プライバシー法に関する専門家ではないかと思われることにある。

 「そもそも日本語ができる外国の研究者なんか少ないんだから、日本語できない日本法研究者がいるのは当然」と思う方のために敢えて付け加えれば、個人的な経験の限りでは、米国の日本法研究者は日本語堪能で一次資料に当然あたっており、また、面会した際に日本語で「古風な名前ですね」と私に述べた方すら存する*2

 翻って日本でも「比較法の対象国をどこどこに求めている」と研究者が述べる場合に、少なくとも(すなわち、会話や書くことに難があっても)当該国の言語を読めないと話にならないのであって、おそらく多くの法律学研究者は「日本語は読めないけど日本法を長く研究してきました」と言われても「すごいですね」とは思わないであろう。

 このように考えると、日本語が読めない人物が「日本のプライバシー権を巡る変遷を調査し、30年以上、追いかけてきた」と本当に述べたのであれば、その発言者の研究者としての資質・誠実さについて、控えめに言っても、疑問を持たざるを得ない。

 

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 先の業績リストを見る限り、標題に "Japan" あるいは "Asia" を含むものは存しない。私自身も内容をすべてチェックしたわけではないから、標題にこれらの文言がなくとも日本(あるいはアジア)を検討対象とした業績があり得ることは否定しない。

 もっとも、プライバシーの領域で日本が「日本の」と標題に付けないで検討対象とされるとは(残念ながら)考えにくい上、同教授の業績に "in Romania"、"in Europe and North America"、"in the UK"、"in Malta" 等と題したものが存することから、もし、日本について検討しているのであれば同様に "in Japan" と付されると推測される。

 このため、業績リストを一瞥したところからも、暫定的には(すなわち、「この業績で日本についてきちんと検討している」と指摘されれば、この項目は即座に撤回しなければならないが)、同教授が日本のプライバシーに関する専門家であるとは考えにくいこととなる。

 

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 あらゆる国家について当該国の言語に堪能でなければ言及してはならないと考えることは、理想的ではあるが、現実的でない。まして、国連人権委員会においてあらゆる言語に対応した報告者を用意することはまず不可能であろう。

 したがって、国連特別報告者が日本について調査報告する際に日本語能力を欠くこと自体が直ちに問題であるとまでは私も考えない。

 しかし、(他の分野はともかく)法律学において対象国の言語ができないことは一次資料にあたれないことを意味するから、研究者として誠実であろうとするなら、一次資料にあたっていない調査研究には限界があることを自覚せねばならない。

 日本法研究30年発言が本当になされたのなら、この自覚を欠いていると自認しているにほかならず、このような発言(者)が称揚されることには強い違和感を覚える(だからこそ、この発言が本当にあったかすら疑問を覚える部分もある)。

 

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 違和感の第二は、同書簡が前提とする事実認識に関する。

 当該書簡は、「受領した情報によれば」(Accoding to the information received)として、組織犯罪処罰法改正法案が以下のようなものであることを前提に議論している。 

"Article 6: 2(1) Two or more persons who plan, as part of activities of terrorist groups or other organised*3 criminal groups, the commission of criminal acts listed in the following sections by such groups, are subject to the punishment prescribed in each of those sections, if any of them have arranged funds or goods or carried out preliminary inspections of relevant locations pursuant to the plan or other preparatory acts for the purpose of committing the planned criminal acts. An organized criminal group means a group of persons whose common purpose is to carry out the crimes enumerated in Appendix 3. However, those who surrender prior to executing the crime will have a reduced or exemption from that sentence. "

 もっとも、このような英訳には疑問がある。これを敢えて直訳すれば、以下のようなこととなる。

6条の2第1項 テロリスト集団もしくはその他の組織犯罪集団の活動の一部として、以下の各号に掲げられた犯罪行為をそのような集団によって遂行する旨の計画をした2名もしくはそれ以上の者は、これらの者のいずれかが計画に従って計画された犯罪の遂行の目的で資金もしくは物品を用意しまたは関係する場所の下見その他準備行為をした場合、各号に規定された刑罰に服する。組織的犯罪集団とは、別表3に列挙された犯罪を行うための共通目的を有した人びとの集団を意味する。しかしながら、犯罪の遂行に先だって自首した者は、その刑を減軽されもしくは免除される。

  これに対し、法案は以下の通り。

(テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)

第6条の2 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ。)の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を2人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。   

 一 別表第4に掲げる罪のうち、死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められているもの  5年以下の懲役又は禁錮  

 二 別表第4に掲げる罪のうち、長期4年以上10年以下の懲役又は禁錮の刑が定められているもの  2年以下の懲役又は禁錮  

2 〔略〕

  このように見比べると、法案と英訳では「組織的犯罪集団」の定義が異なっていることに気付く。法案では、「組織的犯罪集団」とは「団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう」とされているが、英訳では、"An organized criminal group" とは、"a group of persons whose common purpose is to carry out the crimes enumerated in Appendix 3" (別表3に列挙された犯罪を行うための共通目的を有した人びとの集団)を意味するとされており、「その結合関係の基礎としての」との文言が落とされている。

 この文言が落とされた経緯・理由は不明だが、この文言を落としたことにより、「組織的犯罪集団」に該当する範囲は英訳において法案よりも拡張されている(共通目的を有していれば、その目的が「結合関係の基礎」となってなくともよいことになってしまう)。

 このように、当該書簡が前提とした事実認識には疑問がある。

 

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 さらに、以下の点にも疑問がある。

 まず、法案において国家安全保障目的での監視を規律する規定が欠けることを論難する点についてである。

There seem to be no plans to establish a statutory independent body in order to pre-authorise the carrying out of surveillance for national security purposes. This suggests that the establishment of such vital checks remains at the discretion of the specific agencies carrying out the operations. 

 曰く、国家安全保障目的での監視を規律する第三者組織を欠くため、監視活動が関係機関の裁量に委ねられてしまっているというのである。

 法案から離れていえば、この指摘自体はもっともであって、この種の監視活動の法的規律は喫緊の課題である。

 もっとも、組織犯罪処罰法改正によるテロ等準備罪の創設は新たな犯罪類型を設けるものであるから、ことがらは犯罪捜査にかかわるものであって、国家安全保障での監視とは無関係である(前者は犯罪の嫌疑があって初めて行われるのに対し、後者は犯罪の嫌疑を前提としない)。

 両者を区別せずに論じているのは、プライバシーに関する欧米の議論に引っ張られすぎているように思われ*4、日本の議論としては唐突な印象を免れない。

 

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 さらに、GPSを用いた監視捜査に関する以下の言及にも疑問がある。

A sub-set of these concerns is the quality of judicial oversight and review when police request surveillance measures in order to carry out observations such as GPS detection or monitoring of activities on electronic devices. 

  曰く、GPSのような電子機器を用いた捜査活動に対し、日本の裁判所が適切に司法的抑制を働かせるのか疑問である、というのである。この指摘も、日本の状況を精確に理解していないのではないかと疑わせる。

 周知のように、ごく一部の例外を除いて、日本でのGPS捜査は、令状によらずに任意処分として行われてきた。このため、GPSについての令状審査はそもそも存しなかったのである(威張ることかどうかはともかく事実の問題として)。

 また、先日の最高裁大法廷判決により、新たな立法がなされない限りGPSを用いた捜査が日本で行われる法的な余地はほぼ*5存しないこととなった。

 もちろん、(1)今後立法的な手当てがなされた際に日本の裁判所がきちんと司法的抑制を働かせるかを問題としている、あるいは、(2)検証許可状を得てGPS捜査を行おうとする場合に日本の裁判所がきちんと司法的抑制を働かせるかを問題としていると善解する余地もあるが、それにしてはずいぶん素朴な書きぶりだという印象は拭えず、日本の状況に対する理解の精密さを疑わせる。

 

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 このように、組織犯罪処罰法改正法案への賛否と別に、当該書簡の内容には様々な疑問を持たざるを得ない。

 同法案の審議はまさに政治過程にあるから、内容に疑問があってもなお同書簡の存在を利用しようとする戦略があることも承知している。

 しかし、そのような戦略は、内容の当否によって議論するという基本的な作法によらないことを指摘せざるを得ない。私はこのような戦略によってデモクラシーが劣化させられることを危惧する。

 「すべては党派的主張のため」、「敵の敵は味方」という言論作法が根付くなら、日本の言論空間の健全さは失われてしまう。言論空間の健全さは熟議による国家統制の基礎をなすものであるから、言論の作法は軽視されるべきものではなかろう。

 

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 同書簡の成立過程とその内容について疑問を示したが、当該書簡に対する政府の対応にも問題があると考えている。言論作法の観点から、政府は正面から対応すべきであると思っていることも付記しておく。

*1:なお、同法案への私の立場については、さしあたりはひとつ前のエントリを、詳しくは当該エントリで言及した一連の拙稿を参照されたい。

*2:すなわち、日本語が読めるというレベルを遙かに超え、「源太郎」が「古風だ」と判断できるほど日本文化を知っているのである。

*3:第2文では organized と綴られているが、原文ママ。

*4:たとえば米国では、911後に両者の区別が急速に失われ、FBIは既に生じた犯罪を捜査するreactiveな組織から、未だ生じていないテロを発見し抑止するproactiveな組織に、その性格を変更しているとされる。そこでは、犯罪捜査に関する法的規律から解き放たれた監視をいかに規律すべきかが問題とされている。

*5:歯切れが悪いのは、大法廷判決がごく例外的に検証許可状を得て行う可能性を認めているとも読めるため。