「1/2」の続き。前半はこちら。
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【目次】
「1/2」のつづき
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Ⅲ DL犯罪化範囲見直し(承前)
四 補説――周辺行為処罰としてのDL犯罪?
1 周辺行為の処罰一般
- 共犯的行為 自殺関与等、陰謀・共謀、せん動、盗品等関与罪 等
- 早期化 未遂、予備、陰謀・共謀、せん動 等
・DL犯罪化については、特に、DL行為を禁圧すると著作権者の権利・利益が保護されることとなる機序について疑問があった(前述)。そこで、既存の犯罪類型と比較しつつ、この点をさらに検討。
・既存の犯罪類型でも、構成要件を拡張し、本来禁圧しようとしている行為の周辺にある行為を処罰しているものがある。
・これらは大別すると、(厳密な意味では共犯といえなくても)いわば共犯「的」な行為を処罰するもの(自殺関与等)と、処罰の時期を前倒しするもの(早期化類型。未遂、予備等)がある。
2 財産犯における周辺行為処罰
※著作権法119条違反の罪質・保護法益
- 共犯的行為 盗品等関与罪
- 早期化 未遂、予備(ただし、刑法典上の財産犯では強盗のみ)
・個人法益を教科書的に「生命/身体/自由/名誉/財産」と区分した場合、既存の犯罪類型のうち、財産犯において周辺行為を処罰する例を参照するのが便宜であろう。
・著作権法119条の保護法益や同条違反の罪質につき議論があることは承知している。
・ただ、前述のように保護法益を著作権者の経済的利益と見た場合には、刑法典上の財産犯に関する議論を参照すべきこととなろう。
3 周辺行為処罰とDL犯罪化
- 財産犯にも周辺行為を処罰する類型あり
→DL犯罪化も周辺行為の処罰であるというだけでは、ただちに不適切とまではいえない- では、DLにつき、周辺行為としての処罰が正当化されるか。
- 共犯的行為構成での正当化 →困難
- 追求権侵害や本犯助長犯的性格が認められるか疑問
- 有体物と異なり被害客体の返還は問題とならない。
- DL行為がUL行為を助長するか疑問。
→DL行為の侵害性を盗品等関与罪とパラレルに説明することはできない- 早期化構成での正当化 →限定的に可能性あり?
- 刑法典上の財産犯では予備を罰するのは強盗のみ
- 強盗罪と同様の根拠で早期介入が正当化されるか。
※強盗罪の手段たる暴行・脅迫による生命・身体に対する侵害のおそれ- 被害の深刻さにより早期介入が正当化されるか。
※3億6000万円窃盗
※特別法等での形を変えた早期化(ピッキング用具所持、特殊詐欺用口座取得等)
- DL犯罪化はピッキング用具所持と同様の意味で被害防止に有用?
・財産犯にも周辺行為を処罰する例があるように、DL犯罪化も(違法なUL行為という「本犯」の)周辺行為の処罰であるというだけでは、ただちに不適切とまではいえない。
・もっとも、財産犯における周辺行為の処罰とパラレルにみたばあい、ただちに適切とも言い切れない。
・まず、共犯的行為として構成し正当化することは困難に思われる。この検討に際しては盗品等関与罪との比較をしつつ検討することができよう。同罪の罪質・保護法益には議論があるが、追求権侵害や本犯助長犯的性格を指摘するのが通例である。
・DL犯罪化についていえば、(有体物を客体とする財産犯における)追求権侵害は問題とならないし(ひらたくいえば、盗品等が転々流通してどこへ行ったか分からなくなってしまい、所有者がさらに困るという事態は、DLによっては生じない)、また、UL行為者のインセンティブとの関係で検討したように、本犯たるUL行為を助長する性格も認め難い。
・このため、少なくとも盗品等関与罪とのアナロジー(=共犯的行為構成)による正当化はできない。
・では早期化構成はどうか。結論からいえば、限定的に正当化できる可能性がある。
・早期化構成による場合、DL行為は将来の違法なUL行為(「拡散」)のための準備行為であって、いわばUL行為の予備段階にある。
・財産犯で予備まで処罰するのは強盗罪のみである。強盗罪は、その過程で、その手段たる暴行・脅迫(とくに暴行)から人の生命・身体に対する危険が生ずる場合があり、そのために特に処罰の早期化が認められる。
・UL行為/DL行為に、生命・身体に対する類型的危険があるとはおよそ考えられない。
・このため、強盗罪と同じような意味で処罰の早期化を正当化することはできない。
・では、被害が深刻であること(報告書はこの点を強調する)を理由に早期介入を正当化できるか。
・仮に被害が深刻であったとしても、それだけで処罰の早期化を肯定することは困難。先日の3億6000万円窃盗や特殊詐欺のように、予備を処罰しない窃盗罪・詐欺罪等においても深刻な被害が発生する場面はある。それでもこれらの犯罪類型は一般的には処罰を予備段階までは早期化させていない。
・他方、特別法等においては、窃盗罪や詐欺罪の一部について、「形を変えた」早期化処罰がある。ピッキング用具所持を禁止しその違反を処罰するピッキング防止法や、振り込め詐欺等の振込先とするための口座開設について(振り込め詐欺による金員の詐取ではなく)口座開設時に詐欺罪が成立する(たとえば、通帳に対する1項詐欺。さらには、口座開設時の行為を一定の範囲で特別法上の犯罪とする)とする運用等がそれである。
・では、DL犯罪化はピッキング用具所持等と同様のロジックで正当化できるか。
・ピッキング用具は、ピッキングによる侵入盗にとって不可欠な道具。振り込め詐欺のための口座も同様。このため、これらの所持や開設を禁止すればピッキングや振り込め詐欺の抑止に繋がる、という機序がはっきりしている。
・これに対し、DL犯罪化がこれらと同様の意味で深刻な被害防止に直結するかは不明確な部分がある(スクリーンショットを処罰してはたして将来の違法なULが防止できるであろうか)。
Ⅳ おわりに
一 立法評価枠組に照らして
- 保護法益適格性 著作権者等のどのような権利・利益を保護しようとするのか
- 禁止の有用性 法益保護に繋がる機序が不明
- 代替手段の有無・有効性 UL者に対する責任追及可能性
- 相当性 報告書の態度に異論があることを踏まえるべき
・報告書は、著作権者等のどのような権利・利益を保護しようとするのかにつき、明確に説明していない。罪質の理解は処罰範囲や要件設定の在り方に影響するため、明確化すべきである。また、当該権利・利益を具体的に措定した上で、当該権利・利益が刑罰を用いてまで保護すべきものであるかどうか、厳密に議論すべきである。
・禁止の有用性については、報告書上、DL犯罪化が法益保護に繋がる機序が不明であるという問題がある。この点を明瞭にする作業を通じ、処罰範囲を適切に絞り込むべきである。
・代替手段の有無・有効性については、UL行為者に対する責任追及可能性があること、すなわち、DL行為者を処罰するところまで一足飛びに進む必要性が乏しいことを踏まえるべきである。録音・録画のDL行為者を処罰した例がないことは、DL行為犯罪化範囲の拡大が(少なくとも現時点では)不要ではないかと思わせる事情である。
・相当性については、前述の通り、報告書の態度に異論があることを踏まえるべきである。この点は慎重に検討しなければ、当初案を巡って生じたような混乱が更に生ずることとなる。
二 具体的な要件設定等の在り方
- DLを一定の範囲で犯罪化するとしても・DLを一定の範囲で犯罪化するとしても
→少なくとも以下のような限定を付して初めて、真剣な検討に値する。※それにしてもいかなる意味でDL行為が経済的損害を生ぜしめるのか?
- 「作品を一定のまとまりとしてダウンロードする場合」、「原作のまま」
- 「権利者の利益を不当に害しないする場合」【 ※当日レジュメから修正】
- 主観的要件についても要検討
- 当初案(前掲) 故意ある場合に限定のみ(同119条4項は過失犯処罰を否定するのみ)
- 目的要件:「拡散」目的でのDLに限定するのも一案 ←拡散による経済的損害防止
- 法定刑:他の早期化類型と比較して重すぎるのではないか(録音・録画も)。
cf. 殺人予備(2年以下の懲役)、暴行(2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料)、強盗予備(2年以下の懲役)、現住建造物放火等予備(2年以下の懲役、情状により免除)
・「作品を一定のまとまりとしてダウンロードする場合」あるいは「原作のまま」要件および「権利者の利益を不当に害する場合」要件を付して初めて、保護に値する権利・利益の保護に有用な範囲に限定される。
・録音・録画について現行法はこのような要件を付さないが、映画・音楽は通常、「一定のまとまりとして」ULされている(あるいはそのような場合にはじめて、これをダウンロードする行為に当罰性がある)。したがって、上述のような要件を付加しても、現行法の趣旨に反しない。
・録音・録画についてもどうせ検挙していないのであって、上記のような限定を付したところで、法執行に際し現実に困ることはない。
・また、規範的な文言を用いることには批判もありうるが、「権利者の利益を不当に害しない場合」は除外する旨、規定するのも一案(文言としては「正当な理由がないのにダウンロードする」あるいは「不当にダウンロードする」あたりか)。なお、この点は、規定しなくても処罰に値するDL行為といえるかというかたちで、解釈上当然に導入されることになるであろう。
・それにしてもいかなる意味でDL行為が経済的損害を生ぜしめるのかはよく理解できないところもあり、もしDL犯罪化範囲を拡大するのであれば、この点についての整理をきちんとするべきである。
・主観的要件についても要検討。確定的故意まで要求するかについては結論を留保するが、少なくとも、報告書が「厳格な主観要件を課す」としたことと、与党に示された案との間には齟齬があることを確認すべき。
・与党に示された案では、4項で重過失による場合が除外されるのみ。この4項が存在することにより、3項における「知りながら」という文言は「故意に」と読まれ、未必の故意の場合も当然に含むと解釈されることとなりかねない。4項が設けられた趣旨は不明だが、当初の狙いと異なる意味を解釈上有することとになるのではないか。
・故意ある場合しか処罰すべきでないというのであれば、過失犯を処罰するのは例外であるという考え方(故意処罰の原則)に照らして、とくに「厳格な主観要件を課した」ことにはならない。きつく言えば「厳格な主観的要件を課す」とした報告書の書きぶりは、まやかしでは。
・「拡散」目的でのDLに限定するのも一案。拡散目的があってはじめて、将来の違法なULのための準備行為としてのDLと評価できるため。
・法定刑について、他の早期化類型と比較して重すぎるのではないか要検討(録音・録画も)。他の早期化類型(たとえば、上掲のもの)と比較した場合、かなり重いことが一目瞭然。
三 その他
1 立法評価枠組の意義と限界
・立法評価枠組:立法評価を分析的に行うためのツール[である/にすぎない]
→開かれた議論が不可欠
・立法評価枠組を構成する諸要素は、その有無や程度が計量的に測定できるものではない。諸要素は、その有無や程度は経験的に測定されることとならざるを得ない。民主的に政策決定される過程で正しく測定されたと看做すしかない。
・民主的決定の前提として、開かれた議論が不可欠。
2 シグナリングの弊害
・シグナリング:[実際には検挙しない/恣意的・断片的に検挙する]と表裏一体
・「[駐禁/スピード違反]を取られるのは運が悪いだけ」→法の感銘力への悪影響
→シグナリングを主たる目的とした立法は害が多く、好ましくない
・報告書は、映像・音楽につき検挙例がないとしつつ、それでも犯罪と宣言することに抑止効があるとするが、その存在が必ずしも明白でない上、シグナリングには弊害があることも考慮すべし。
・駐車禁止やスピード違反について過度に不合理な規制をして(たとえば法定速度を極めて低くする、駐車場のない街であらゆる道路を駐停車禁止に指定する等)、「それでも高速度運転は危ない/駐停車は迷惑・危険というメッセージを発することができる」と述べた場合を想像すれば理解できよう。不合理な規制は守られないということとなり、実際には検挙しないか、恣意的・断片的に検挙することとなってしまう。人々が、実際には取り締まらないから平気だよ、あるいは、取り締まられても運が悪かっただけだよと考えるようになれば、法の感銘力は大きく損なわれる。
・安易に、宣言すると抑止効があるからよいと言われても困る、というのが率直な感想。犯罪化するなら本気で取り締まるべきであるし、本気で取り締まってよいと考えられる行為のみを犯罪化するべき。