【2019年3月8日:本件プログラムの動作につき、文末に追記しました】
クリックすると同じ画面が表示され、消えなくなる不正なプログラムのアドレスをインターネットの掲示板に書き込んだとして、13歳の女子中学生が兵庫県警に補導されました。
クリックすると、画面の真ん中に「何回閉じても無駄ですよ〜」という文字や、顔文字などが表示され続けるよう設定されている
上記記事のみからはよく分からないが、他の記事やSNS上で散見されるところを総合すると、問題とされたサイトはJavaScriptを用いてポップアップ様の画面を表示させ、そこにある「閉じる」を押しても閉じることができない(「閉じる」と書かれているが、そこに閉じる機能は設定されていない)ということのようである【この点について、文末参照】。このようなサイトに設置されたプログラムが刑法168条の2にいう不正指令電磁的記録に該当するとされ、当該サイトのURLをインターネット上の掲示板に書き込む行為が不正指令電磁的記録供用未遂*1とされた、というのである。
技術的なことはその方面の方々に譲るとして、第一印象は、こんなの古典的なイタズラであって当罰性ないんじゃないかというものであり、また、いわゆるブラクラ(ブラウザ・クラッシャー。特定のサイトを開くと次々とブラウザが新規に立ち上げられ、コンピュータの動作速度が低下する等の災いが生ずる)ですらなく(ブラウザのタブを閉じれば表示は消えるし、タブを閉じる動作を困難にさせるような仕掛けもされていないようである)、この観点からも当罰性があるとは思えないというものであった。
ただ、「当罰性」というのはマジックワードであって、直感的表現に過ぎない。そこで、もう少していねいに検討するならば、次のようなことになろう*2。
刑法168条の2は、以下のように規定する。
(不正指令電磁的記録作成等)
第百六十八条の二 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
2 正当な理由がないのに、前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。
3 前項の罪の未遂は、罰する。
この規定は、同法168条の3とともに平成23年に新設された規定であり、「電子計算機のプログラムに対する社会一般の信頼という社会的法益」を保護法益とする*3。コンピュータ・ウイルスが広く社会に被害を与えており、その蔓延が深刻な問題になっているという認識の下、新設されたとされる*4。
その成立要件は、以下のように整理できる。
- 正当な理由がないのに
- 人の電子計算機における実行の用に供する目的で
- 同条1項各号が規定する電磁的記録その他の記録(供用の場合は電磁的記録のみ)を
- 作成/提供/供用した
4番目の要件のうち、本件で問題となったのは「供用」である。
供用(同条2項)の客体となるのは、「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」(同条1項1号)であり*5、本件でも特に重点的に論じられるべきは、問題となったサイトに設置されたプログラムが同条1項1号にいう電磁的記録に該当するか(上記3)、である。
さて、では、当該プログラムはこれに該当するであろうか。同条1項1号にいう電磁的記録とは、「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」である。本件で「電子計算機」、「電磁的記録」の要件を充たすことは明らかだが、「意図」、「不正」については疑義がある。
まず、「意図」についてであるが、この意図は、PCやスマホの個別のユーザー(たとえば、このサイトを表示させられたスマホの持ち主)の認識を基準とするのではなく、社会一般の認識を基準とする。社会一般からみて、ある動作が「意図に沿うべき」/「意図に反する」ものであるかが問われるのである。ポップアップ広告が不正指令電磁的記録とされないのも、「通常、インターネットの利用に随伴するものであることに鑑みると、そのようなものとして一般的に認識すべきと考えられることから、『意図に反する動作』には当たらない」ためである*6。
本件サイトを表示しても、ブラウザが通常の操作を受け付けなくなるわけではないようである。このサイトを表示しても当該タブを個別に閉じることもブラウザごと終了させることもできるとすれば、電子計算機に通常期待される動作は妨げられていない。このため、問題の事案は、報道等でみる限りでは、「意図」の要件を充たすか疑わしい。「閉じる」を押しても閉じなければ、当該ユーザーの意図には反するが(だからこそイタズラとして成立するわけだが)、上述のように、「意図」の要件は、個別のユーザーの意図を問題としないのである。
さらに、仮に「意図」の要件を充たすとしても、「不正な」指令を与える電磁的記録といえるかも問題である。「不正な」に該当するかどうかは、当該プログラムによる指令の機能を踏まえ、「社会的に許容し得るものであるか否かという観点から判断」される*7。
このような定義は抽象的であるが、本罪が成立するとされる典型例や、保護法益を勘案して、その内実をよりクリアにすることは可能であろう。
「不正な」の要件も充たすものとしてしばしば掲げられるのは、ハードディスク内のファイルを全て消去するプログラムを「行政機関からの通知文書であるかのように装って、その旨の虚偽の説明を付すとともに、アイコンも偽装するなどして、事情を知らない第三者に電子メールで送り付け、その旨を誤信させて実行させ、ハードディスク内のファイルを全て消去させたというような場合」*8である。このような場合、社会生活上の活動が大きく阻害されるおそれがあり、本罪の保護法益(電子計算機のプログラムに対する社会一般の信頼)を害するため、「不正な」の要件を充たすと考えることも自然である。
これに対し、本件では、当該サイトを開いたPCやスマートフォン内のデータが消去される等の損害は生じない。社会生活上の活動が阻害されるとはいえないし、保護法益に対する侵害があるともいえないであろう。このため、典型例や保護法益に照らして、「不正な」の要件を満たすかも疑わしい。
このように考えれば、ブラウザ・クラッシャーですらない本件サイトのURLを書き込む行為を不正指令電磁的記録供用未遂とすることには疑問が残る。なにか表に現れない事情があるというのであれば、せめてその点を報道して頂きたいと思われてならない。
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【2019年3月8日追記】
問題のプログラムの動作について、以下のような報道に接した。
今回のリンク先のページは「ポップアップを繰り返し表示する」というもの。JavaScriptというWebアプリ向けのプログラミング言語で、ユーザーに気付きを促す「アラートダイアログ」の表示を、特に抜け出す条件を定めない繰り返し構文(いわゆる無限ループ)で命令していた。
このため、本エントリ中、「『閉じる』を押しても閉じることができない(『閉じる』と書かれているが、そこに閉じる機能は設定されていない)」とした部分は不正確だったこととなる。
もっとも、この点を訂正したとしても、法的評価に変更はない。本件プログラムがタブを閉じる、ブラウザを閉じるといった動作を妨げるものでない以上、「意図」「不正な」の要件を充たさないことに変わりはないからである。