テロ等準備罪の「中止未遂」および予備・未遂・既遂との関係について

 遅ればせながら、参議院法務委員会における本年6月1日の参考人質疑を拝見した。

 本エントリはこれに触発され、(1)同罪を任意に中止した場合取扱い、および、(2)同罪と対象犯罪の予備・未遂・既遂との関係につき、私見を明らかにしようとするものである。

 なお、後者については国会で議論があったと承知しているが、念のために記しておく。また、私は本法案およびその審議過程には他にも疑問があると考えるが、これらについては以下のエントリを参照されたい。

gk1024.hatenablog.com

 

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【本罪を任意に中止した場合の取扱】

 法案によれば、組織犯罪処罰法6条の2第1項本文ただし書は、以下のように規定する。

 ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。

 周知のように、中止未遂に関する刑法43条ただし書が予備罪に適用されるかは争いがある*1

 このような解釈は、(殺人予備罪のように)予備罪について(自首ではなく)情状による刑の任意的免除を認める犯罪類型においては不都合が小さい。必要的でないという憾みは残るが、免除の余地があるため、犯罪を既遂に至らしめないという刑事政策的目標は、一定程度達成されるからである。

 しかし、本罪では、自首について必要的減免が認められるものの、それ以外の場合については減免の余地がない。

 テロ等準備罪について自首以外の任意の中止が観念できるかは検討されねばならないが*2、もしこれが観念できるのであれば、刑事政策的観点から(すなわち、計画段階で任意に離脱しても減免を受けられないのであれば、未遂に至るまで関与して中止しようと行為者に考えさせることが妥当でないことから)、同罪にも刑法43条ただし書の適用を認めるべきである。

 強盗予備罪をめぐって、強盗の中止未遂で刑が免除されるべき場合は稀であること、刑が減軽されても強盗未遂罪の方が強盗予備罪よりも刑が重いこと(前者を減軽した場合、2年6月以上10年以下の懲役。後者は2年以下の懲役)から、不都合はないとする議論もある。

 もっとも、このような反論に対しては、まず予備罪の中止犯の問題一般について、免除される余地が(稀ではあれ)存在することを無視するものであるという再反論が可能であろう。

 また、テロ等準備罪は、対象犯罪のうち法定刑が相対的に重いもの(6条の2第1項1号。死刑・無期・長期10年を超える)の計画について5年以下、相対的に軽いもの(同2号。長期4~10年)について2年以下の懲役・禁錮を規定するため、「対象犯罪の中止未遂を必要的に減軽した場合に比べテロ等準備罪が軽いから不都合はない」との関係は成り立たない(長期4年の罪について中止未遂として減軽すれば2年以下の罪となり、テロ等準備罪と処断刑の範囲が同じである)。

 このため、テロ等準備罪には中止未遂に関する刑法43条ただし書の適用を認めるべきであり、法文上もこのことを明確にするべきであると考える。

 

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【予備罪との関係】

  本罪にいう計画をした者の行為が、同時に実体犯罪についての予備罪の構成要件に該当する場合があり得る(たとえば、組織的殺人が計画され準備行為が行われた場合、本罪のほか、組織的殺人予備罪(組織犯罪処罰法6条1項1号)の要件を充足する事態が生じうる)。

 この場合、両者は併合罪と解されるべきではなく、より犯行が進展した段階である各対象犯罪の予備罪に本罪が吸収されると解するべきである。

 

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【未遂罪・既遂罪との関係】

 本罪を犯した者が、さらに、対象犯罪に着手しあるいは対象犯罪を遂げた場合、本罪は、対象犯罪の未遂罪(あれば)・既遂罪に吸収されると解すべきである。

 米国におけるコンスピラシーは未遂罪・既遂罪に吸収されず、対象犯罪(米国法流には実体犯罪)が未遂・既遂に至ってもなお、コンスピラシーで処罰することもできるが(未遂・既遂と本罪がコンスピラシーが併存する)、このように解すべきでない。

 その理由として、以下を指摘できる。

 米国ではコンスピラシーにつき訴訟法上の様々な特則が認められるため(証拠法上の関連性が緩和される、伝聞法則が緩和される、等)、コンスピラシーを実体犯罪と別に訴追する(訴追者にとっての)「メリット」が存する。しかし、このような特則は本罪には認められないから(今般の改正が手続法上の手当てを行っていないため)、対象犯罪が未遂・既遂に至った後になお本罪で訴追すること*3を認めるべき手続法上の理由は存しない。

 また、米国におけるコンスピラシーは犯罪への関与者を処罰する機能を有するが、この機能は、わが国においては共謀共同正犯概念が担っている。このため、この機能を理由として本罪が対象犯罪の未遂・既遂と併存すべきだと解する必要性が存しない。

 さらに、本罪はその沿革に鑑みれば、(TOC条約が2つのオプションとして掲げた)参加罪型ではなく共謀罪型であって、当該組織の存在を理由に処罰する犯罪類型ではなく、処罰を早期化させる犯罪類型と考えられる。この観点からも、通常の早期化類型(未遂・予備)と同様に解すべきこととなる。

 罪数関係を条文に書き込むことは通常行われないから、上述したところが解釈に委ねられることも、直ちにおかしいとまでは言えない。もっとも、混乱も予想されるので、審議の過程で重ねて明確に確認されるべきである。

*1:学説の多くは適用を肯定し、判例はこれを否定する(最大判昭和29年1月20日刑集8巻1号41頁〔強盗予備事件につき「予備罪には中止未遂の観念を容れる余地のないもの」とした〕)。

*2:計画段階まで関与した上で、任意に組織犯罪集団から離脱した場合がこれに該たるであろうか。

*3:ただし、未遂結果・既遂結果の存在や因果関係につき立証上の不安があること等を理由とした一部起訴のために、本罪のみで起訴することは認められるであろう。